書評

足が物語るイタリア

文: 平松洋子 (エッセイスト)

『ロベルトからの手紙』(内田洋子 著)

『ロベルトからの手紙』(内田洋子 著)

 本書のあちこち、さまざまな足音が聞こえてくる。人間の脚は二本なのに、しかも五本の指、土踏まず、甲、かかと、足首、その構造は同じなのに、これほどまでに異なる音が響くのかとたじろぐほどだ。冒頭「赤い靴下」は、すれ違ってしまった男女のあいだに寂寞が横たわり、胸が痛い。日本で言付かったものを届けるために訪ねたミラノの家で、闖入者として遭遇した老母と男。滞在した時間は長くはないはずだが、知人マリエッラの個性的な半生を織りこむことによって人間関係の齟齬(そご)を浮き彫りにする展開がみごとだ。「目の覚めるような赤」が心を抉る残酷。足をすくわれるという常套句があるけれど、足に的を引き絞って描けば、人間はかくも無防備で脆いと見抜いてのことだ。その意味で、自分自身の足にまつわる記憶を綴る「紐と踵」もほろ苦い。名にし負うイタリア製の上質な靴と、潮風と海水にさらされて底のすり減ったデッキシューズとのあからさまな差。そのコントラストに別方向から光を当てる、駅員の道のりを刻んできた編み上げの短靴の威厳。なるほど、靴はもうひとつの人格なのだという説得力を補強するのは、優れた職人仕事によって靴を作りだしてきたイタリアの歴史や文化の厚みである。

ロベルトからの手紙内田洋子

定価:本体640円+税発売日:2019年04月10日


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