書評

足が物語るイタリア

文: 平松洋子 (エッセイスト)

『ロベルトからの手紙』(内田洋子 著)

『ロベルトからの手紙』(内田洋子 著)

 イタリア、それもミラノに旅をすると、衣服と身体との親密な関係にはっとさせられることしばしばである。二番目の皮膚と呼びたくなるほど衣服や靴が身体にきわめて近く、「装う」「履く」という行為との距離感が薄い。これがパリならば、例の「着こなし」という言葉がすぐに思い浮かぶのだが、ミラノでは「着こなし」という言葉が想起させる体温は低い。いわば、着こなす以前に衣服と皮膚が密着している感覚を抱くのである。その背景には、ミラノという都市を長く支えてきたファッション産業の影響が存在しているのかもしれない。いずれにせよ、どうやらミラノには「着こなし」「身だしなみ」などを超えた衣服や靴との関係が存在する。ほかの土地にはない、独自の幸福な関係。その気配に、通りすがりの一旅行者はうっとりさせられるのだ。

 三年前にミラノを旅したときのこと。夕暮れどきに中心街でタクシーを拾ったら、細い道は渋滞して動かない。連なった車の列のあいだを縫うようにして、長い髪をなびかせながら花柄のオーガンジーのワンピースを着た女性が軽快にすり抜けていった。素足にアザレア色のハイヒール。すると、老齢に差し掛かった運転手が感に堪(た)えないふうに、「美しいねえ。いくらでも道を譲って待つよ」。崇めるような視線を送りながら微笑んだ横顔が忘れられない。あのとき彼女を一輪のガーベラの花に見せたのは、ミラノの魔法に違いなかった。

ロベルトからの手紙内田洋子

定価:本体640円+税発売日:2019年04月10日


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