書評

人間関係にある抑圧とエロスというタブーを怖れず描いた天才漫画家

文: 桐野夏生 (作家)

『月読 自選作品集』(山岸凉子 著)

『月読 自選作品集』(山岸凉子 著)

 家族間にあるのは、愛情だけではない(どころか、まったくないことも多い)。時に、憎悪、嫉妬や搾取などが存在し、それらがふつふつと沸き立てば呪縛となる。またある時は鎮まって、家族の絆という幻想で、表面を覆い隠したりもする。だから、抑圧が高じた精神的な(あるいは肉体的な)子殺しが起きたり、妹殺し、姉殺しもある。

 子供にとっては、親という権力者が存在する限り、その檻から逃れる術がない。まして、性的虐待が絡んだ時のおぞましさは、一生抱えるトラウマにもなろう。本人が抑圧に気づかず、また、そこから逃避する方法もわからずに、死や発狂などの悲劇で終わることもある。

 山岸凉子は、そんな家族の中の人間関係にある抑圧とエロスというタブーを、怖れずに描いた。その切っ先鋭いリアリティと、テーマの今日性において、読者の支持を熱く受け続けているのだ。

 その創作の原点とも呼ぶべき抑圧とエロスというテーマは、この『月読(つくよみ)』という神話や古事記を元にして描かれた短編群でも、通奏低音のように流れている。

 いや、むしろ神々の、怖れを知らない欲望の発露により、さらに激しさを増しているようだ。以下、解題を試みる。

月読山岸凉子

定価:本体780円+税発売日:2019年04月10日


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