「福島県民で、保科正之のことを知らない人は少ないかもしれませんね。彼は福島の出身ではありませんが、地元では、偉人としてかならず名前が挙がるんです」と語る佐藤さんが、題材に選んだのは、江戸の名君として知られる会津藩主・保科正之。実は、本書にも収録されたオール讀物新人賞の受賞作「夢幻の扉」も、若き日の正之の逸話を基にした物語だ。
「私が、小説を書き始めたきっかけは、故郷・福島で震災にあったことでした。何も手に着かず、でも、何かを始めなくては……と思って、初めて書いたのが『夢幻の扉』なんです。正之は、明暦の大火の際には、幕閣の中心として陣頭指揮を執り、その後も、江戸の防災に強い町作りに尽力しました。自分も、震災を経験し、故郷の復興が進む過程に身を置くうちに、いずれ、故郷が誇りに思う英雄が、江戸の復興にも大きく関わっていたという話を、書いてみたいと思うようになりました」
そうして書かれた初の小説「夢幻の扉」が、「才能を秘めた作家の誕生」(山本一力さん)、「読者を掴む腕前が頼もしい」(故・杉本章子さん)と選考委員の高い評価を集め、見事、受賞。その後、会津の名門大名・芦名氏の興亡を鮮やかに描いた初の単行本『会津執権の栄誉』で、いきなりの直木賞候補、また本屋が選ぶ時代小説大賞を受賞した。そして、満を持して取り組んだ第二作が『将軍の子』だ。
「正之の半生は、かなり波乱に満ちたものです。戦国時代の遺風が残る幕府の黎明期だけに、政権基盤のあやうさも背景には多分にあったと思うのですが、将軍秀忠の子として生まれながら、正妻の江に、母子ともども命を狙われ、幼少時は、武田信玄の娘である見性院、そして、信州の小大名・保科家に預けられて育ちます。そんな苛烈なはずの環境で育った人物がなぜ、殉死の禁止など、武断政治から文治政治への転換、そして、弱者保護の政治を断行できたのか。その答えを探そうと、彼の半生を知るうちに、血のがりが持つ強さと、恐ろしさに行き当たりました。『夢幻の扉』は、弟から隠れキリシタンであると訴えられた兄が裁かれるという話ですが、他の短編についても、〈家族〉の物語が、全体の大きな軸になりました」
後世に残る名君が育まれる陰には、彼を支え続けた美しい人々がいた。そしてその恩を、民へと返そうとした正之の高い志。著者の故郷の英雄への強い思いと、当時としては稀有(けう)な正之の生きざまが、深く心を打つ歴史小説だ。
さとうがんたろう 一九六二年福島県生まれ。二〇一一年「夢幻の扉」でオール讀物新人賞を受賞してデビュー。一七年『会津執権の栄誉』で、「本屋が選ぶ時代小説大賞」を受賞。
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