直木賞受賞作『悼む人』や『永遠の仔』などで、傷ついた人々の魂を救済する物語を描きつづけてきた天童荒太さんの最新作『巡礼の家』が10月3日に発売となる。
今作は、著者のふるさとである愛媛県松山市の道後温泉の架空の宿「さぎのや」が舞台となっている。さぎのやとは、「お遍路さんをはじめ、帰る場所のない人、疲れ切った人たちを、いつでも迎えてきた宿」だという。
行く場所も帰る場所も失った15歳の少女が、「さぎのや」の女将らのやさしさに触れていくなかで、生きる希望を見つけられるのか。
「現代はどんどん生きづらくなっている。私たちにとって、なにが本当の幸せなのか」と問い続ける天童さんが今、何故、ふるさとを描いたのか。
月刊「文藝春秋」9月号に、著者が寄稿したエッセイを公開する。
随想「永遠のふるさと」天童荒太
私が生まれ育ったのは、四国松山、道後温泉のすぐそばである。
日本最古の温泉と言われ、大国主命と少彦名命がその湯で病を癒したという神話がある。舒明天皇、斉明天皇の行幸、聖徳太子が訪れた話が残り、額田王や山部赤人がその地で歌をよんでいる。一遍上人の生誕地とされ、瀬戸内水軍の根城があり、一茶や山頭火が訪れて句を残し、伊藤博文をはじめ初期の歴代首相が政局の疲れを癒しに来浴している。子規が生まれ、親友の漱石が訪ねて共に過ごし、小説「坊っちゃん」の舞台にもなっている。そして、弘法大師が四国に八十八カ所の霊場を開き、お遍路の伝統はいまにつづく。
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