- 2019.11.05
- インタビュー・対談
〈貫井徳郎インタビュー〉時代の軋みの中で「誘拐」を描くということ
「オール讀物」編集部
『罪と祈り』
出典 : #オール讀物
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
誘拐はミステリーの「華」と言われる。天藤真『大誘拐』、岡嶋二人『99%の誘拐』、連城三紀彦『造花の蜜』……多くの先人が傑作をものしてきたが、当代きっての誘拐の名手といえば、貫井徳郎にとどめをさす。「御代替わりの年にこそ読まれるべき誘拐ミステリー」と話題の新著『罪と祈り』は、いかにして生まれたのか? 貫井さんに聞いた。
舞台は西浅草。長く地元の交番に勤務し、地域住民から愛される警官だった濱仲辰司の死体が隅田川近くで発見された。やがて他殺と判明するが、殺される動機がまったく見当たらない。
事件を担当する所轄の刑事・芦原賢剛は、幼い日に父を自殺で亡くしていた。そんな彼を親代わりとして育て、刑事の道へと導いてくれた人こそ、亡父の親友だった辰司であった。賢剛は辰司の仇を討つため犯人を追う。
いっぽう辰司の息子で、賢剛の幼なじみである亮輔も、事件をきっかけに父の過去を調べ始めることに――。
『罪と祈り』は、亮輔、賢剛それぞれが辰司の死の謎を追う現在パートと、昭和最後の年の浅草を舞台に、彼らの父親たちが“ある秘密”を共有するに至る過去パートとにわかれて進む。
「もともとは手塚治虫『アドルフに告ぐ』のような、親友ふたりが時代に翻弄される話を書こうと思っていたんです。ただ、現代の日本には『アドルフ?』のような、親友の仲を引き裂くほどの民族問題等を見つけにくい。そこで、彼らの親世代で起きた出来事が、時代をこえて子の世代の運命を翻弄する物語にしようと考えつきました」
前代未聞の2つのアイデアが光る
本書を貫くカギとなるのが、親世代のパートで発生し、未解決のまま「日本犯罪史上に残る事件」として記憶されている“身代金誘拐”だ。『慟哭』『誘拐症候群』など多くの誘拐ミステリを著してきた著者ならではの斬新な(特に2つの)アイデアが光る。
「じつは肝心の誘拐事件については、まったく細部を決めないまま連載をスタートしたのです。でも、書きながらアイデアを思いつくことができたので、我ながら『やっぱり誘拐ものは得意だな』と実感しましたね(笑)」
バブル経済の裏側で進行する急激な開発、地上げ、住民間の対立などは、“昭和末年の浅草”の風景を活写して余すところがない。常に弱者が犠牲になる構造は、いつの世も変わることがないのだな、とも痛感させられる。
「過去と現在とを往還させて描くからには、時代を対比させるだけでなく、“変わらないもの”“ひきずっているもの”を意識しなければいけないと常に思っていました」
デビュー作『慟哭』から『殺人症候群』までの第1期、意図的に作風を広げ、『新月譚』『壁の男』など非ミステリ作品にも挑んだ第2期をへて、現在は「得意なフィールドを深く掘っていく」第3期だと語る貫井さん。
誘拐事件を成立させるトリックや動機と、当時の時代背景とがわかちがたく結びついている『罪と祈り』は、まさにその言葉を具現化した力作だ。
ぬくいとくろう 一九六八年、東京都生まれ。九三年『慟哭』でデビュー。二〇一〇年『乱反射』で日本推理作家協会賞、『後悔と真実の色』で山本周五郎賞。近著に『壁の男』。
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