- 2019.10.31
- 特集
〈恐怖の帝王〉スティーヴン・キングの最高傑作『IT』。映画と小説で2倍のスリルを楽しむ
文:永嶋 俊一郎 (翻訳出版部部長)
『IT /イット THE END “それ”が見えたら、終わり。』まもなく日本公開!
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#エンタメ・ミステリ
11月1日、『IT /イット THE END “それ”が見えたら、終わり。』が日本公開となります。原作はホラーの巨匠スティーヴン・キングの代表作『IT』。一昨年に公開され、ホラー映画史上最大の興行収入を記録した『IT /イット “それ”が見えたら、終わり。』に続く完結編です。
舞台は周囲に森や渓谷や小さな湖が広がる田舎町、デリー。そこでは27年に一度、町の底に眠る「何か」が目覚め、その影響で異様な犯罪が多発する。映画では1988年、少年ビルの弟ジョージーが、排水溝にひそむ「何か」によって無惨に殺害されることから、物語ははじまります。子供の失踪はデリーの町で相次いでおり、ビルは小学校のはみだし者の仲間たちと夏休みをすごしながら、この謎と相対することになります。邪悪な何か――「It」――は、ペニーワイズという名のピエロの姿で彼らの前に姿をあらわし、彼らそれぞれの恐怖を梃子にして、ビルたちを脅かすのですが……。
これが映画第1弾『IT /イット “それ”が見えたら、終わり。』の物語でした。しかし原作『IT』は、27年後にふたたび目を覚ました「It」を倒すため、大人になった「はみだし者」たちが故郷に帰ってくる1985年の物語が、過去の物語と同時並行する構成となっていました。「またItがよみがえったら、みんなでこの町に集まろう」と、あの夏、約束していた彼らが、少年時代の記憶をたびたびよみがえらせながら、「It」を倒すための過去と現在の二つの戦いを演じるのです。
この複雑な構成を、現代最強のストーリーテラーでもあるスティーヴン・キングは、登場人物たちの記憶を手がかりに、「過去」と「現在」、「子供」と「大人」の物語を見事によりあわせることで一気読みの物語に仕上げています。二つの物語が怒涛のように合流して同時にクライマックスを迎える一世一代の話術は、圧巻というほかありません。
これはキングのあやつる言葉のマジックの賜物です。章の最終行の行末に「。」を打たずに27年前の物語を描く次章へとシームレスに飛んでみせ、あるモノを媒介にして同じく過去と現在を行き来する。さまざまなフォントを駆使して登場人物たちの恐怖やトラウマのフラッシュバック、あるいはこの世ならぬものの語りをヴィヴィッドに読者の脳内に再生してみせる。ときには手記や警察小説のような章を挿入して、物語世界の時空のスケールをぐっと拡張する……。そして、かくも複雑なストーリーと膨大な登場人物を擁する大作なのに、名前を覚えておけばいいのは主人公の少年少女7人だけで大丈夫という洗練された構成になっているのも驚くべきことです。
つまり『IT』を一気読みの大作にしているのはスティーヴン・キングの言葉のアクロバットによるわけで、これをそのまま映像にすると、そういうマジックが全部抜け落ちてしまいます。なので今回の映画化では、二つの物語を複雑に織り合わせてできた『IT』というタペストリーを、「過去」と「現在」の二つに分け、チャプター1とチャプター2の2作構成とし、「スティーヴン・キングの『IT』」として成立する枠組みを残したうえで、キングによる文字の恐怖を、映像と音響による恐怖と入れ替えたのです。それは功を奏し、チャプター1は大ヒットとなり、ついに今回の「大人編」の公開となったわけです。複雑な物語を整理し、恐怖の質を映像によるそれに入れ替えてはいますが、原作者スティーヴン・キングも今回の映画化には満足なようで、チャプター2には本人登場のシーンがあります。キングは自作を原作とした映画にたびたびカメオ出演していますが、今回の登場場面はいつになく楽しそうに演じています。ファンの方はぜひ、巨匠がどこで姿をあらわすか、目を皿にしてスクリーンをご覧ください。
『キャリー』でデビューして以来、スティーヴン・キングのキャリアは45年に及びます。商業誌への短編掲載から数えれば50年あまり。26歳のときに刊行された『キャリー』のペーパーバック版が初版70万部(!)だったそうなので、以来、72歳になった現在まで、ずっとベストセラー作家であり続けてきたことになります。その武器は、とんでもない着想と、おそろしくパワフルなストーリーテリング、そしてそれを読者にリアルに感じさせる言葉のマジックです。ともすればジョークになってしまいかねない「幽霊のとり憑くホテル」「田舎町にやってきた吸血鬼」「ケネディ暗殺を阻止するタイムトラベル」「町を外界から遮断してしまう透明のドーム」といったアイデアを、壮大で胸に迫る物語に仕上げているのは、キングだけがあやつれる魔法のゆえです。そんなキングの魔法が、キングが愛するさまざまなモチーフのすべてを詰めこんで、最高度に結晶化したのが『IT』。キングの「代表作」というにふさわしい一作であり、キングのベストを挙げるなら、初期の『シャイニング』、近年の『11/22/63』と並んで指を屈するべき名作と言っていいでしょう。
『IT』が日本で翻訳刊行されたのは原書の刊行から5年後の1991年。まだインターネットの普及していない時代でしたが、「キングが『IT』というとんでもない小説を書いた」という噂はすでに日本の読書人のあいだで広がっており、大判ハードカバー上下各3000円超という威容にもかかわらず累計10万部を超える売れ行きとなり、その年の「このミステリーがすごい!」で第4位となるなど大好評を受けました。それから28年、文庫版も加え、『IT』は累計70万部を超え、いまもなお新たな読者に読まれつづけています。
『IT /イット THE END “それ”が見えたら、終わり。』につづき、11月29日には『シャイニング』の続編『ドクター・スリープ』の映画が公開され、年明けにはあまりの恐ろしさにキングが発表をためらったとされる初期長編『ペット・セマタリー』の映画も公開が予定されています。『ザ・スタンド』『リーシーの物語』『トミーノッカーズ』の映像化も進んでいるそうです。まるで「スティーヴン・キング映画まつり」のような状況が、世界に広がりはじめています。アメリカ文化のアイコンの地位を確立して久しい〈恐怖の帝王〉スティーヴン・キングの、何度目かの黄金期がやってきているようです。
ホラー映画史に名を残すことになった『IT』映画化完結編と、ホラー小説史に名を残す原作『IT』を通じて、現代最高の語り部スティーヴン・キングにふれる好機です。文学史に名を残すだろう〈恐怖の帝王〉の世界を体験してください。
「IT /イット THE END “それ”が見えたら、終わり。」
11月1日(金)全国ロードショー
itthemovie.jp
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