「飼ったことはなかったので、まさか自分が猫のことで一冊書くとは思いませんでした(笑)」
唯川恵さん待望の新刊『みちづれの猫』は、老若男女様々な人々の猫との関わりを描いた心温まる短編集だ。
とはいえ、あくまでも物語の主人公は人間たち。猫は、人生のあらゆる場面において、静かにそっと寄り添ってくれる存在として描かれている。
「今住んでいる軽井沢には、もともと犬を飼うために引っ越してきました。犬は2010年に亡くなったのですが、その後から庭にわらわらと野良猫が集まってくるようになったんです。それまでは近所に猫がいることすら知りませんでした。直接触って可愛がることはなくて、近づくとしてもせいぜい1メートルくらい。猫も私に懐いているわけではありません。でも一応、水と餌を置いたりなんかしているうちに、外出しても『猫が来るから餌を出しておかなきゃ』と早く帰るようになってきて。猫の方も、私が朝寝坊すると『遅いよ』と言っているような表情を向けてくる(笑)。いつの間にか猫が私を家に引き留めてくれる存在になりました。犬のことになると、どうしても思い入れが強すぎて、書くのが難しいんです。でも猫との距離感は、書くということにおいてちょうど良かった」
最初に書いた作品は「ミャアの通り道」。
猫の臨終をきっかけに、独立した子どもたちが久しぶりに実家に集合し、それぞれが猫と過ごした日々に想いを馳せる、味わい深い物語だ。
執筆中は、犬を看取った時の記憶、枕元の感覚が蘇ってきたという。
「1編目がこの作品だったから、いくつも書くことができたと思います」
唯川さんは恋愛小説の名手としても知られるが、本作には“老い”や“死”のテーマも含まれている。歳を重ねた男女の、猫を通じた交流が描かれる「残秋に満ちゆく」では、恋愛とも友情とも違う二人の関係性が穏やかな筆致で丁寧に綴られている。
「これまで恋愛小説もずいぶんと書いてきました。私も60歳を超え、これからは人生を狂わせるような激しい恋の物語ばかりでなく、恋愛の向こう側に辿り着いた人々、“男と女”というのではない人間同士の物語も書きたいと思うようになりました。それにいつまでも恋愛で揉めるのも、少し体力不足になったかなって(笑)。若い時は恋愛で失敗すると『私の人生もう駄目かも……』とかなっていたけれど、『40年経てば大丈夫だよ』と言ってあげられる年齢になりましたね」
幼いころ家を出て行った父と娘が、父の病床で再会を果たす「最期の伝言」、ある1匹の猫が事情を抱える人々の家を転々としながら、その傷を癒していく「運河沿いの使わしめ」など、どの短編も人生の辛い時期にそっと光が当たるような物語になっている。
「“ほんわか”と終わらせられるように、救いがあるように意識しました。現実はそう甘くないことはよく分かっています。だからこそ、小説くらいロマンチックなものや、読んだ後に安心できるもの、希望が持てるものであっても良いのではないでしょうか」
全7編を書き終えてみて、猫を飼いたいとは思わなかったのか尋ねてみると……。
「持論ですが、動物を飼ったら最後まで看取るのが飼い主の責任だと思っていて。作中にも出てきますが、里親を募集する『譲渡会』も会によっては、60歳以上は入れないところもあるんです。だからもういいかなと思っています。もちろん、ある朝ドアを開けたら猫が待っている、とか特別な出会いがあれば別ですけどね(笑)」
作家生活36年、近年は小説との向き合い方が変わってきたという。
「2017年に『淳子のてっぺん』を書いたときから、小説の書き方を変えたんです。これから何作も書けるわけではないと思うので、“これが最後の小説だ”という気持ちで徹底的に向き合っています。語尾をどうするかで一日悩むこともあります。若いころは、いくつも締切が重なると、“売れっ子”気分といいますか、たくさんの原稿をさばいていくことが嬉しかったこともありました。あの頃のように、がむしゃらに書く時期も必要だったと思いますが、もういいかなと。私ではなく、若い作家がどんどん書いてくれればいいと思っています。書き方を変えてから最初の数か月は『今日は3行しか書かなかった……』とか罪悪感にかられていたりもしたのですが、もうすっかり慣れました(笑)。これからも丁寧に、楽しんで書いていきたいですね」
ゆいかわけい 石川県生まれ。84年「海色の午後」でコバルト・ノベル大賞を受賞しデビュー。2002年『肩ごしの恋人』で直木賞、08年『愛に似たもの』で柴田錬三郎賞を受賞。
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