はじめに
僕は、毎日毎日移動しつづけることや、屋根がないところで一晩過ごすこと、今日寝るところと明日寝るところが違う場所であることには、なんの驚きも感じないし、むしろそのほうが心理的にはしっくりくる。どこか一定の場所にしっかり腰を落ちつけた状態というのは、あまりなじめない。
どこかに生活の拠点をかまえて、あまり変化のない生活が一定限度つづくと、なにかこれは変だ、こういう状態がつづくのは、人間の精神にとって健全な状態であるはずがないという思いにかられてくる。そして、一刻もはやく、違うところ、あるいはちがう状態に移るべきだと思いはじめる。そして、実際にそうしてきた部分があるのです。
大学に入るとすぐに家を出たし、家を出てから、四十代半ばに二度目の結婚をして子どもができるまでの二十数年間、二年以上の定住をしたことがありません。ほぼ二年おきに引っ越しをつづけていたし、引っ越しはある意味で楽しみでした。引っ越しをするたびに、自分の生活をまったく新しくすることができたからです。
同じ理由で、せっかく就職した会社(文藝春秋)も二年半で辞めてしまったし、フリーになってからも、仕事の関係先を固定しないで、流動的にしておきました。あるいはまったく違う分野にすすんで身を置くといったこともその延長線上にあるのでしょう。いってみれば、僕はいまでいう現代哲学的な意味での“ノマド(遊牧民)”であるし、当時は珍しかった“フリーター”の走りなのです。
考えてみれば、書くという仕事も、まさにノマドそのものであるともいえます。山ほどの好奇心を抱えて、その好奇心に導かれるままに仕事をしてきた。それが僕の人生なんですね。
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