昨年、月刊「文藝春秋」6月号で発表された際に大きな話題となった村上春樹さんの作品がいよいよ4月23日に発売されます。村上さんが初めて父親の戦争体験や自身のルーツについて綴った作品で、昨年の文藝春秋読者賞を受賞しました。書籍化に際し、台湾の新進気鋭のイラストレーターである高妍さんが13点の挿絵を描いています。
村上春樹さんからの言葉
亡くなった父親のことはいつかきちんと文章の形にしなくてはならないと、前々から思ってはいたのだが、なかなか取りかかれないままに、年月が過ぎていった。身内のことを書くというのは(少なくとも僕にとっては)けっこう気が重いことだったし、どんなところからどんな風に書き始めれば良いのか、それがうまくつかめなかったからだ。でも、父と一緒に猫を棄てに行ったときのことをふと思い出して、そこから書き出したら、文章は思いのほかすらすらと自然に出てきた。
僕がこの文章で書きたかったのは、戦争というものが、一人の人間――ごく普通の市民だ――の人生や心をどれくらい大きく変えてしまえるかということだ。そしてその結果、僕がここにいる。でも僕としてはそれをいわゆる「メッセージ」として書きたくはなかった。ただの個人的な事実として、そのまま静かに示したかっただけだ。僕にとってはちょっと特別な意味を持つ小さな書物であり、いろんな年代の人々に、いろんな読み方をしてもらえるといいなと思っている。
表紙の絵と挿絵を描いた高妍さん
高妍(Gao Yan・ガオ イェン) 1996年、台湾・台北生まれ。台湾芸術大学視覚伝達デザイン学系卒業、沖縄県立芸術大学絵画専攻に短期留学。現在はイラストレーター・漫画家として、台湾と日本で作品を発表している。自費出版した漫画作品に『緑の歌』と『間隙・すきま』などがある。2020年2月、フランスで行われたアングレーム国際漫画祭に台湾パビリオンの代表として作品を出展した。