黒人と白人の「混血」というバックグラウンドに屈せず、連続ドラマ「SUITS」で一躍名を馳せたメーガン妃。男性優位のショービジネス界で女性としての権利を主張できるまでの有名女優になり、さらにその知名度を活かしてアフリカなどへの支援活動を積極的におこなうというキャリアを見ると、「完璧な女性」と言っても過言ではないだろう。
しかし、「優しい女性」というイメージの強いダイアナ元妃と比べると、メーガン妃のイメージはやや違う気がする。それどころか、イギリスのメディアが「メーガン妃は冷たい女」という記事を掲載することも、決して珍しいことではない。
「冷たい女」という話が出てきた理由のひとつは、彼女の1度目の結婚と離婚を巡るものだ。
メーガン妃は2011年、映画プロデューサーのトレヴァー・エンゲルソンと結婚した。2011年と言えばドラマ「SUITS」が始まった年であり、メーガン妃にとって公私ともに新たなステージに入った年であった。
エンゲルソンはメーガン妃より5歳年上で、代表作は2010年公開の映画「リメンバー・ミー」だ。この「リメンバー・ミー」には、当時交際していたメーガン妃も脇役として出演している。
2人は2011年9月、ジャマイカのビーチで簡単な結婚式を挙げた。約100人のゲストが出席し、リゾートホテルでのパーティーは数日間続いたという。7年間と言われる交際を実らせて結婚したメーガン妃とエンゲルソンだったが、結婚生活は長くは続かなかった。結婚から2年にも満たない2013年、2人は離婚することになる。
離婚の理由について2人は公に語っておらず、はっきりしない。
しかし、メーガン妃はドラマ「SUITS」の撮影でカナダのトロントに長期滞在し、一方、夫のエンゲルソンはロサンゼルスで活動していた。遠距離での結婚生活を続けるうちに、いつしか2人の間に隙間風が吹くようになったのだろう。また、メーガン妃がそれまでの「売れない女優」から有名女優へとステップアップしたことで、2人の関係に変化が生じたのかもしれない。
離婚申請時の理由は、「和解しがたい不和」という抽象的なものだった。
このときメーガン妃は驚きの行動に出た。ダイヤモンドの結婚指輪と婚約指輪を、なんと書留郵便で送り返したというのだ。
『メーガン ハリウッド・プリンセス』を書いた作家アンドリュー・モートン氏によると、離婚を決めたのはメーガン妃で、一方的に通告されたエンゲルソンにとってはまさに青天の霹靂だったという。
「SUITS」の放送が始まり有名女優の仲間入りをするようになると、メーガン妃はそれまでの友人たちとのランチを突然キャンセルしたり、そもそも会わなくなったりしていった。代わりにトロントで新しい友人となったのは、カナダのトルドー首相夫人ソフィーのスタイリストを担当しているジェシカ・マルルーニーや、彼女の夫でカナダのマルルーニー元首相の息子であるベン・マルルーニーなどのセレブたちだった。
ロサンゼルスにいるメーガン妃の古くからの友人たちは、自分たちが取り残されたかのように感じていた。まるでメーガン妃は、自分のキャリアにプラスになる人物だけを友人にしたがっているようだったという。
夫であるエンゲルソンも、いつしか自分がまるで「メーガン妃の靴の底にはさまった小石か何か」のように感じるようになっていた。
2017年12月、「デイリー・メール」紙にメーガン妃の幼馴染のインタビューが掲載された。デザイナーとして活躍するニナキ・プリディの告白だ。彼女は2歳のころからメーガン妃と姉妹同然の関係で、記事には2人で写った数多くの写真が掲載されている。
メーガン妃が少女時代にロンドンを訪れた際、バッキンガム宮殿の前で撮影された有名な写真があるが、実はこのとき一緒に写っていたのもプリディだった。
彼女はメーガン妃の1回目の結婚式で、メイド・オブ・オナーを務めている。欧米の結婚式では花嫁の付添人として複数のブライズメイドを指名する。一般的には新婦の親しい友人や姉妹などが務めるが、そのなかでももっとも新婦と親しく、女性側の代表となるのがメイド・オブ・オナーだ。メーガン妃にとって一番の親友だったことは間違いない。
プリディは2人の結婚生活についてこう語った。
「2人はたまに喧嘩していたけど、深刻な問題とは思えませんでした。唯一の問題は、2人が暮らすトロントとロサンゼルスの物理的な距離だけでした。
でもトレヴァーはメーガンと一緒に過ごすために、2、3週ごとにトロントを訪れるなど努力していました。だから2人が離婚するなんて思いもよらなかった」
メーガン妃は、「トレヴァーのいない人生なんて想像もできない」とたびたびプリディに話していたという。
しかし「SUITS」のシーズン3が終わるころ、メーガン妃から連絡が来た。「トレヴァーと離婚する。新聞に記事が出てしまうから、その前に知っておいてほしかった」という内容だった。
彼女はメーガン妃に離婚の理由について聞いたが、教えてもらえなかったという。
「一緒に親友として育った、私の知っているメーガンではなくなっていました。彼女にはもう新しい友人ができて、違う世界に行ってしまっていました」
離婚の1ヶ月後、彼女はトレヴァーと会い、話を聞いた。彼が何と言ったのかは明らかにしなかったが、彼女は彼の説明を聞き、メーガン妃との関係を断つことを決めたのだという。
「メーガンは人との付き合いをとても計算していて、戦略的でした。ある人が自分の人生に必要ないと思ったら、簡単に切り捨てるんです。交渉の余地すらありません」
彼女だけではない。1度目の結婚式をビーチで祝福した約100人の友人たちの多くは、今ではメーガン妃と口もきかない関係になっているという。
2度目の結婚式――つまりヘンリー王子とのロイヤルウェディングで――メーガン妃は、メイド・オブ・オナーに誰も指名しなかった。結婚式でメイド・オブ・オナーを誰にも頼まないというのは、きわめて異例のことだ。「私にとって友達は誰もがスペシャルなので、1人に決めることができない」というのが公式な理由だったが、1回目の結婚式ではちゃんと指名しているわけで、理由になっていない。
プリディの話を聞くと、実はメイド・オブ・オナーをお願いできるような親友がいなかったのでは、とも思えてくる。
トレヴァーとの離婚直前、メーガン妃には新しい恋の噂が出ていた。お相手はカナダ人のアイスホッケー選手、マイケル・デル・ゾット。メーガン妃はたびたび、スタジアムで彼の試合を観戦していたという。翌2014年には北アイルランド出身のプロゴルファー、ローリー・マキロイとアイルランドのダブリンで食事をしている姿が目撃され、交際していると報じられた。
ただしデル・ゾット、マキロイともに交際説はあくまでも推測の域を出なかったようだ。しかし、2014年に知り合ったカナダ人シェフ、コリー・ビティエロとは正式に交際していたとされる。彼は2016年3月にツイッターでメーガン妃のことを「恋人」と表現しており、約2年間に渡り交際は続いていたようだ。
ところがその4ヶ月後の2016年7月、メーガン妃はヘンリー王子と出会い交際をスタートさせる。
「ヘンリー王子と出会ったのは実際には2016年5月で、メーガン妃はヘンリー王子と出会ったあとにビティエロを捨てた」と書いている記事もあるが、この辺の真相は藪の中だ。少なくとも、ヘンリー王子とメーガン妃は否定している。
メーガン妃の交友関係が変わるにつれ、関係が途絶えてしまったのは幼馴染だけではない。彼女の元エージェント、ジーナ・ネルソープ=カウンもその1人だ。
ジーナは2014年からメーガン妃のエージェントを務め、仕事で一緒に世界中を飛び回っていた。ヘンリー王子との交際についても早い段階で打ち明けられており、メーガン妃のまさに側近中の側近と言える人物であった。そしてジーナは2人の関係を秘密にしてほしいと頼まれたため、30年間連れ添っている夫にも話さなかった。
ヘンリー王子と交際を始めたころのメーガン妃について、彼女はこう語っている。
「王子と交際すれば、これからはプライバシーが無くなり、あなたはもう普通の生活は出来なくなるのよ、と彼女に何回も忠告しました。するとメーガンは、『やめて、後ろ向きな意見は聞きたくない。私たちにとってこれが幸せなの』と聞く耳を持ちませんでした」
ヘンリー王子と会う時間を作るためには、ドラマの共演者にスケジュールの変更を頼まなければならず、メーガン妃はどうやってスケジュールを調整するかを心配していたという。
ジーナによると、このころからメーガン妃の振る舞いに変化が出てきた。2016年9月、カナダのオタワで開かれた「ワン・ヤング・ワールド・サミット」に出席したときのことだ。
イベントで若い記者から質問を受けたメーガン妃は、質問に自分で答えず「それはエージェントに聞いて」と応じたという。
「記者はあっけに取られていたし、私もショックを受けました。彼女がそんな態度を見せたことは一度もありませんでした。誰にでも暖かい、それが彼女だと思っていました」
さらにこんなこともあったという。
「メーガン妃が空港のファーストクラスのラウンジで座っていたら、コロンビアの高官が通るので通路に置いていたカバンを動かすように頼まれたそうです。電話で私にそのときの話をするメーガン妃は明らかにイライラしていました。カバンを動かすだけなのに」
こうした経験が続くうちに、彼女のマネージメントをするのが難しくなっていったという。
そして2016年10月。メーガン妃とヘンリー王子との関係が公になる1週間前、ジーナにメーガン妃からメールが届いた。それは女優のキャリアをあきらめ、エージェントとしての契約も終了させる、というものだった。契約の終了とともに、友人としての関係も終了したという。
こののち、写真を使用する許可をとるためメーガン妃にメールしたことがあったが、返信してきたのは本人ではなく、彼女の弁護士だったという。
「メーガン妃は1日に何千通ものメールを受けとっていると思います。でも弁護士に話す前に、1行でもいいから自分で返事をくれたらと思いました。いきなり弁護士から返信がくるなんて、とても残念です」
メーガン妃のこうしたドライな対応は、家族に対しても同様だった。ロイヤルウェディング直前に露呈した、家族の出席を巡る騒動である。
異母兄姉からメーガン妃に向けて繰り出された“人格否定発言”については、文春新書『ヘンリー王子とメーガン妃』でお読みください。
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