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日本の皇室とは仰天するほど大違い。イギリス王室の内実とは

日本の皇室とは仰天するほど大違い。イギリス王室の内実とは

亀甲 博行

『ヘンリー王子とメーガン妃』(亀甲 博行)

出典 : #文春新書
ジャンル : #ノンフィクション

『ヘンリー王子とメーガン妃』(亀甲 博行)

 イギリス生活をはじめて2週間あまり。事前に聞いていた通りロンドンは雨や曇りの日が多かったが、その日は青空が広がっていた。

 2016年6月11日、私は90歳を迎えたエリザベス女王の“公式”誕生日の取材のため、ロンドン中心部、女王が住むバッキンガム宮殿の前にいた。女王の本当の誕生日は4月21日だ。しかしイギリスでは冬に生まれた王を中心に、天気の安定する夏に“公式”誕生日を設定することが慣例となってきた。イギリスの冬は長く、曇りの日が多く、日照時間も短い(この半年後に私自身も痛感することとなる……)。1年間に2回誕生日があるという不思議な慣習は、イギリスの天気の悪さが生み出したといえる。

 エリザベス女王は毎年6月の第2土曜日を“公式”誕生日としていて、トゥルーピング・ザ・カラーとよばれる大規模な祝賀パレードがおこなわれている。バッキンガム宮殿からロンドン中心部のトラファルガー広場へとのびるおよそ1キロの直線道路「ザ・マル」は、すでに一面ユニオンジャック(イギリス国旗)の海となっていた。

 1時間以上前に着くように、早めに自宅を出たのだが、予想以上に交通規制が厳しく、狙いの場所にたどり着けたのは女王の通過予定時刻の直前になってしまっていた。やや焦りながら人混みの中で場所を確保し、カバンからカメラをとりだす。横に陣取る白人女性を見ると、頭にイギリス国旗の大きなリボン。それだけでは足りないのかマントのようにイギリス国旗を身にまとい、さらに手にもイギリス国旗を持っている。

 右手から大きな歓声があがった。

 あわてて録画ボタンを押しながらカメラを向けると、馬車が走ってきた。ネオンカラーのグリーンのスーツに身を包んだ女性が乗っている。女王だ! 私の横の女性は国旗を両手で振り回し、絶叫しながら飛び跳ねている。

 馬車の右側に座った女王は笑みを浮かべ、手を振りながら沿道の歓声にこたえている。隣には衛兵の軍服に身を包んだ高齢の男性が座っている。まっすぐ背筋を伸ばしたまま、微動だにしない。女王の夫であるフィリップ殿下だ。この前日に95歳になったばかりだが、とてもそんな年齢には見えない。

 パレードが終了すると、道路の規制が解除された。警官隊に先導されながら群衆が道路を進みはじめる。私も群衆の波に押されるように前へ前へと進んでいくと、バッキンガム宮殿の正面にでた。

 宮殿の正面2階部分には、バルコニーがある。ダイアナ元皇太子妃とチャールズ皇太子がロイヤルウェディングを挙げた後に“ロイヤルキス”を披露した、あの場所だ。

 しばらくすると、バルコニーの奥にネオンカラーのグリーンが見えた。現れたのは本日の主役、エリザベス女王だ。最初はなんでこんなド派手な服を着ているのかと思ったが、見慣れてみると群衆の中にいても非常によく目立っていて、主役にふさわしい。

 バルコニーにロイヤルファミリーがそろった。群衆のボルテージは最高潮だ。チャールズ皇太子と言葉を交わすカミラ夫人。ホワイトのコートドレスのキャサリン妃は、この日がバルコニー初登場となった長女のシャーロット王女を抱いている。その横には夫のウィリアム王子がしゃがみこみ、長男のジョージ王子になにやら話しかけている。後ろにはヘンリー王子の顔も見える。

 バッキンガム宮殿前の数万人の群衆は、イギリス国旗を振りながら、バルコニーに向かって歓声をあげている。私の周りではいつしか、イギリス国歌である「ゴッド・セイブ・ザ・クィーン(女王陛下万歳)」の大合唱が始まった。

「神よ、私たちの慈悲深い女王を守りたまえ
 私たちの気高い女王よ永遠なれ」


 誰から強制されたわけでもないのに、自然に女王をたたえる歌を歌う人々。目の前の中年男性も、ビールを掲げながら幸せそうな笑顔を見せている。

 私は日本で何度か皇室関連の取材をしたことがある。集まった一般市民から両陛下への尊敬の念を感じるのは日本もイギリスも同じだが、日本の皇室と一般の人々との間にはもっと距離を感じた。

 イギリスでは、チャールズ皇太子夫妻やウィリアム王子夫妻などロイヤルファミリーのメンバーを風刺する「ザ・ウィンザーズ」というコメディ番組が存在する。カミラ夫人役の女優は常にグラスに入ったジンを手に持ち、キャサリン妃の悪口を言い続ける。酒浸り、との噂があるカミラ夫人をイジったものだが、日本でこんな番組を放送するなんて想像すらできない。まるで王室タブーが存在しないかのようだ。

 私は2016年6月から2019年5月までの3年間、日本テレビ(NNN)のロンドン支局長としてイギリスで特派員生活を送った。在任中、エリザベス女王は在位期間最長記録を更新し続け、ウィリアム王子とキャサリン妃の第3子であるルイ王子が誕生した。ダイアナ元妃が没後20年で再び注目され、彼女の息子であるヘンリー王子がアメリカ人女優のメーガン妃とロイヤルウェディングをおこなった。「年上、バツイチ、黒人系」である女性が王室入りしたのは王室史上初めてのことだ。イギリス王室にとっては近年まれにみるほど大きな出来事が相次いだ3年間だった。

 一方で93歳になったエリザベス女王は少しずつ公務を次の国王であるチャールズ皇太子へと引継ぎ始めている。そしてウィリアム王子とヘンリー王子の兄弟は、メンタルヘルスなどこれまでロイヤルファミリーが避けてきたテーマに力を入れている。1066年以来950年以上の長い歴史を持つイギリス王室は、間違いなく転換期にあるのだ。

 しかし意外なことに、こうした視点で今の英国王室をとらえた書籍は少ない。

 ヘンリー王子とメーガン妃は2020年1月8日に、自分たちのインスタグラムで突然の“独立宣言”を発表した。

「主要な王族の地位から退き、経済的に独立する」

 イギリスと北米を拠点にし、自分たちで生計を立てる計画だという。このニュースは世界に大きな衝撃を与え、国際的にも大々的に報道された。

 だが実は、この3年間の2人の動きには様々な布石があり、“独立宣言”を聞いて最初は驚いたものの、「やっぱり……」と腑に落ちるところが多かった。その布石の一つひとつについても、追って詳しく説明しよう。

 イギリス王室はどう変化し、どこへ向かおうとしているのか。3年間の取材メモをもとに解き明かしていきたい。


(「まえがき」より)

文春新書
ヘンリー王子とメーガン妃
英国王室 家族の真実
亀甲博行

定価:990円(税込)発売日:2020年03月19日

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