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『ジョックロック』に笑え

文: 額賀 澪

6月9日発売 文庫『風に恋う』(額賀澪)番外編を公開!

『風に恋う』(額賀 澪)

「コンクールに出ない部員がいるなら、その人員を野球応援に回すこともできたんだけど、生憎、うちは全員がコンクールメンバーなんだ」

 徳村の後ろで、宮地が「そんなことも知らずに来るなんて」という顔で溜め息をついた。

「ホント、一年のときから変わってないのな」


 音楽準備室のある特別棟から出る頃には、「下調べをしてから行けばよかった」という反省に、宮地に対する腹立たしさが混ざり始めた。「なんで頑張ってる俺達を応援してくれないんだ」と身勝手な怒りまで湧いてくる。

 駄目だ、もの凄く嫌な奴になってる。スポーツ刈りの頭を左右に振り、仕方なく野球部の部室に向かって校舎内を歩いていたら、どこかから聞き覚えのある音がした。

 昨日の夜、テレビで聞いたサックスの音だ。

 その音が思ったほど遠くないと気づいて、大河は近くの階段を上った。すると、目の前の教室に人影があった。

 窓辺に椅子を置き、たった一人でサックスを吹く不破瑛太郎は、テレビで見たままの姿だった。目を閉じ、きっと教室ではない別の場所を思い浮かべて、サックスを吹いている。

 目の前でレモンでも搾られているような、甘酸っぱい香りが漂ってきそうな音で。

 その音が、すーっと消え入るように止まる。楽器から口を離した不破の目が、大河を向いた。そのまま、静かにこちらを指さしてくる。

「野球部の人」

 どうやら、彼は大河を知っているみたいだ。心を決め、大河は教室に足を踏み入れた。

「実は今、音楽準備室に行って来たんだけど」

 正直に、何があったかを話した。大河の話を聞きながら彼は何度も吹き出した。ついには、腹を抱えて笑い始める。

「そりゃあ駄目だ。宮地の地雷踏みまくり」

「俺も勢いに任せて頼みに行って失敗したと思ってる。それに俺、宮地とは仲が悪いんだ」

「どうして?」

「一年の頃、掃除当番を代わってほしくて『吹奏楽部なんだからいいだろ』って頼んだら、めちゃくちゃ怒られた」

 今では、悪かったって思ってるんだ。慌ててそう付け足すと、不破はまた吹き出した。

「宮地、中学の頃に、男なのに吹奏楽部って随分からかわれたらしいから、そういうふうに言われると怒るんだよ。相手が悪かったね」

 言いながら、不破は窓の外に視線をやった。この教室からは野球部のグラウンドがよく見える。音も声も聞こえる。二月までバッテリーを組んでいたキャプテンの北原陽介が、大河に代わってエースピッチャーになった二年の柿本の球を受けているのが、見える。

風に恋う額賀 澪

定価:本体790円+税発売日:2020年06月09日


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