- 2017.06.08
- 書評
愛すべき「風」の物語――吹奏楽にかける熱い青春
文:オザワ部長 (吹奏楽作家)
『屋上のウインドノーツ』(額賀澪 著)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
本書『屋上のウインドノーツ』をお読みになった皆さんは吹奏楽経験をお持ちでしょうか? 「経験があるからこそ読んだ」という方もいれば、まったく未経験ながら作者・額賀澪さんのファンであったり、何らかのきっかけで本書に興味を持ったり……という方もいらっしゃるでしょう。
吹奏楽経験のあるなしにかかわらず、本書をより深くお楽しみいただくために、日ごろ全国の吹奏楽部・楽団を取材し、吹奏楽関係の書籍の執筆やラジオ出演などをしている私、オザワ部長から、改めて吹奏楽の基礎を踏まえた解説をさせていただきたいと思います。
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吹奏楽はよく「ブラバン」と呼ばれます。それゆえ、英語における「吹奏楽」が「ブラバン=ブラスバンド」だと思われることが多いですが、実はそうではありません。ブラスバンドとは、一般的には英国式ブラスバンド(British-style brass band)のことを指します。英国式ブラスバンドは金管楽器と打楽器で演奏される音楽で、吹奏楽にとてもよく似ていますが、使用される楽器が微妙に異なっています。そもそも「ブラス」は金属の「真鍮(しんちゅう)」を意味する言葉。吹奏楽の楽器には真鍮を使っていない楽器もあります。なので、「ブラスバンド」「ブラバン」という呼び方は、一種の愛称のようなものだと考えるのが妥当です(諸説あるため、間違いだとも言い切れません)。
では、英語で「吹奏楽」はどう表現されるかというと、音楽としては「ウインドミュージック」、バンド形態としては「ウインドバンド」「ウインドオーケストラ」といった呼び方をされます。皆さんもご存知のとおり、ウインド(wind)は「風」という意味ですが、それ以外に「管楽器」という意味もあるのです。
ゆえに、管楽器と打楽器、コントラバスによって演奏される吹奏楽は「ウインドバンド」「ウインドオーケストラ」と呼ばれ、それが本書『屋上のウインドノーツ』のタイトルにもつながっています。もちろん、本書の最後の一文、「今日も、風は山から吹いている。」からもわかるとおり、「ウインド」は吹奏楽だけでなく、風そのものの意味も意識されています。
日向寺大志と給前志音――この痛々しくも愛おしい二人の主人公が屋上で運命的な出会いを果たしたことで、新しい風が吹き始め、物語が奏でられていきます。この吹奏楽をめぐる爽やかな青春小説には、まさに「風」はぴったりのモチーフと言えるでしょう。
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志音との出会いを経て、大志は茨城県立行方第一高等学校(架空の学校です)の吹奏楽部部長として、中学時代に一度挫折を味わっている「東日本大会出場」を目標にすることを心に決めます。
この東日本大会は、正式名称が東日本学校吹奏楽大会。吹奏楽コンクールのひとつです。最大55名までが参加できるA部門(大編成)には全日本吹奏楽コンクールという全国大会が存在しますが、B部門など人数の少ないバンド=小編成が出場するコンクールに全国大会はありません。しかし、少子化の影響もあって小編成のバンドは増加傾向にあり、2016年度ではA部門の参加高校約1500校に対し、B部門は1600校以上と、B部門のほうが多いのが現状です(中学校の部ではさらに校数の差が大きくなっています)。
そこで、全国11の支部のうち、北海道・東北・東関東・西関東・東京・北陸の学校が参加して行われることになったB部門の最上位大会が東日本学校吹奏楽大会なのです。最大30名までが参加できるこの大会は、オザワ部長も取材をしたことがありますが、コンパクトなサイズのバンドによって全日本吹奏楽コンクール以上に個性的な演奏が繰り広げられ、あたかも吹奏楽フェスティバルであるかのような楽しさを感じました。
中学校や高校の吹奏楽部を題材にしたフィクションでは全日本吹奏楽コンクールを目標にした物語が一般的でした。一方『屋上のウインドノーツ』では小編成で東日本大会を目指すという、いわば非常にリアルで、同時代的な設定となっています。また、行方第一高校吹奏楽部は1年生も含めて16名。人数が多いほどサウンドの迫力や厚みが出る吹奏楽において、非常に不利な状況ではありますが、全国的に見てみると部員数10名前後という学校も珍しくはなく、これまたリアル。全日本吹奏楽コンクールを目指す強豪校のストーリーを読むときに読者が感じるのが一種の「憧れ」だとしたら、『屋上のウインドノーツ』を読むとき感じるのは「自分たちが経験したのと似ている」という「共感」が大きいのではないでしょうか。
強豪校ではなく、目標は全日本吹奏楽コンクールでもなく、部員数は少なくて初心者もいる、顧問の先生の担当教科は社会科、部員数の多い軽音楽部に音楽室を奪われている――そんな行方第一高校吹奏楽部ですが、コンクールで上位大会を目指す気持ちは真剣そのものです。
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