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この季節に病を得る、ということ

この季節に病を得る、ということ

篠田 節子

#あしたを読む #言葉で元気に #コロナで思うこと

出典 : #オール讀物

 この時点で世間はすでに警戒ムードに入っていた。とはいえオリンピックは開催予定で、「新型コロナウィルスの感染力はインフルエンザほど強くなく、罹ってもほとんど軽症。死亡率は低く、重症化して死に至るのは高齢者と持病を持っている人のみ。規則正しい生活を送り免疫力を付けておけば心配はいらない。問題は無症状や軽症の者が高齢者にうつすことだけ」というのが、ほぼ公式見解で、ある程度知識と情報に恵まれた者ほど、事態を冷静に、言い換えれば楽観的に受けとめていた。ワイドショーレベルの情報に振り回されてむやみに恐がる愚かさよ、とばかりに世間の騒ぎを冷ややかに眺めてもいた。

 私自身も、「それより三大疾病と認知症の方が深刻。九十歳代の感染症死なんて自然死でしょ」とうそぶき、「イタリアで大勢亡くなっているのは、以前の政策の失敗で医療崩壊が起きたから。武漢の封じ込めは人権侵害の方が問題」などとしゃべり散らしながら、仲間と酒を飲んでいた。

 ネットでは若者の身勝手とオヤジの蛮勇が感染を広げると叩かれているが、当初発表された公式見解を更新し損なった自称知識階層の準高齢者たちも、「非科学的なキャンペーンと同調圧力には屈しない」との主張の下、下町散歩、同期会、ジム通い、京都旅行とけっこう後々まで、アクティブに生活していた。

 そんな中、母の病院通いから解放された私が、世間の騒ぎをよそに、外国人観光客の居なくなった観光地のホテルなどを物色していた矢先の三月一日早朝、夫が左目の異変を訴えた。

 視野が欠けた、と言う。脳梗塞を疑い救急相談に電話をしたところ、即座に救急搬送が決まった。最初に運ばれた脳外科では異常なし。次に向かった三鷹のK大学病院救急受付で目の症状を尋ねられるより先に、まず体温計を渡され、咳や喉の痛みの有無を尋ねられる。カフェも駅ビルも普通に営業しており、休日らしい賑わいを見せていたが、医療機関の窓口はすでに感染者の来院を想定して対策を講じている。呑気に構えていた私もようやく、ただならぬ事態に気づいた。

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