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この季節に病を得る、ということ

この季節に病を得る、ということ

篠田 節子

#あしたを読む #言葉で元気に #コロナで思うこと

出典 : #オール讀物

 夫の方は心臓に格別の異常は見つからず、三時間後にERを出た。夜の待合室で会計を待っていると、以前より間を広くとって並べられたベンチには発熱していることが一目瞭然の男性が仰向けに横たわっており、正面に置かれたテレビでは、新型コロナウィルス収束間近とされる武漢で医療従事者がマスク外しをする映像が流れていた。対岸の火事はこちらに飛び火し、あちらでは火勢が衰えている。K大病院の医師の感染が報道されたのは、その三週間後のことだ。

 三月下旬、オリンピック延期が決まり、小池都知事のロックダウン発言がなされると、世間の危機感も一気に高まった。

 そんな頃、家族連れと高齢者で混雑するホームセンターのレジに並んでいると、今度は私の乳がんの主治医から電話がかかってきた。翌日に予約していた診療は中止だという。

 体調を尋ねられ、処方箋を近所の薬局に送るのでそちらで薬を買うようにと指示があった。続いて夫の方もK大病院から同様の連絡があった。院内感染防止のためのオンライン診療が話題になったのは、それからしばらくしてからのことだ。がんを患っている友人からは、予定されていた抗がん剤治療が延期になって、いつ開始できるかわからないというメールが届いた。新型コロナ感染症の流行は、それ以外の病気の患者に多くの影響を及ぼしている。

 グループラインには、看護師や介護士をしている友人たちから、切羽詰まったメッセージが入る。「マスクも消毒液も無い」「七日連続勤務。帰って来るなりソファで爆睡」と書き込んだ彼女は七十間近だ。ニュースやネット情報の世界の話ではなく、それが身近な現実だ。

 新型コロナの流行が、人生について深く考える機会になったか、と尋ねられることがあるが、そんな余裕はない。とりあえず今、何ができるのか、何をしてもいいのかを考えるのが精一杯だ。

 面会禁止から二ヵ月半。母は元気なようだ。病棟のスタッフたちの奮闘を想像するにつけ、申し訳なさに身が縮む。

オール讀物6月号より

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