- 2020.07.14
- インタビュー・対談
直木賞候補作家インタビュー「能を史料に紡いだ春夏秋冬の物語」──澤田瞳子
インタビュー・構成:「オール讀物」編集部
第163回直木賞候補作『能楽ものがたり 稚児桜』
「私がふだん書いている歴史小説というのは、もともとの史実や史料があり、その間をいかにフィクションで埋めていくかという作業です。たとえば自分の得意なジャンルの古代であれば、『正倉院文書』や『続日本紀』のような手堅いものになりますが、時代が降ると『信長公記』のような読み物、絵草紙も史料になる場合があります。能の謡曲も史料のひとつとしてとらえれば、歴史小説と同じ手法で、色々と物語を紡げるんじゃないかと思いました」
本書に収められているのは、八つの短篇。いずれも「山姥」「花月」「葵上」など、能の名作に材が取られた。著者の澤田さんは、大学で能楽部に四年間在籍して舞や謡を体験し、実はいまも鼓と笛の稽古を続けているという。
「お能というと、一般のイメージは眠くなるものですよね(笑)。私も高校時代に初めて観た時は、ほとんど分からなかったです。でも謡曲の詞章は日本語が非常に美しくて、私はそこに惹かれました。能が誕生した当時の室町時代の人々にとっては現代劇であり、人間の感情もすごく生々しいんです。もっとも今回の作品の中で能から借りてきたのは、歴史小説の手法と同じく登場人物と背景の部分だけで、それ以外の部分はなるべくオリジナルから離れ、むしろ設定をひっくり返すことを意識して書き上げました」
たとえば表題作の「稚児桜」は、「花月」という謡曲に登場する少年と同じ設定──生まれは九州紫国、実親と七歳で生き別れ、現在は清水寺に住まうという点は小説にも使われている。しかし、能の中での少年は可憐で利発、信仰心も篤いのに対し、澤田さんが描く主人公は勝ち気な悪童。さらに父親との再会後、ふたりで仏道修行に出るというストーリーとはまったく異なる、驚くべき結末が用意されている。
「タイトルに『能楽ものがたり』と入っていることもあり、二次創作だと思われたら癪なんですけれど(笑)、日本の文学には、『平家物語』や『八犬伝』などのように、すでに書かれたものを受けて、次の作品が書かれていくという伝統があるように思います。その流れの中に位置づけて読んでもらえたら嬉しいですね。もともとが雑誌連載で、時期に合わせて春夏秋冬の季節が巡っていきましたが、テーマも散らすようにしています。お能はどうしても都中心の話が多いので、東北が舞台の『善知鳥(うとう)』や岐阜から女が都に上がる『班女』を使ったり、基本は三人称ですが『照日の鏡』では一人称を使ったり……政治や歴史とは離れたところで、庶民たちがたくましく生きている姿を描くこともまた楽しかったです」
澤田 瞳子(さわだ・とうこ)
1977年、京都府生まれ。2010年『孤鷹の天』でデビュー、同作で翌年に中山義秀文学賞を最年少受賞。 12年『満つる月の如し 仏師・定朝』で本屋が選ぶ時代小説大賞を受賞、同作で翌年に新田次郎文学賞受賞。15年上期『若冲』が第153回直木賞候補となり、翌年、歴史時代作家クラブ賞作品賞、親鸞賞を受賞。17年下期『火定』が第158回直木賞候補、19年上期『落花』が第161回直木賞候補となる。
第163回直木三十五賞選考会は2020年7月15日に行われ、当日発表されます
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