「松永久秀といえば大悪人のイメージですよね。平蜘蛛の茶釜に火薬を仕掛けて爆死した逸話は有名ですが、こういった逸話は後の時代の創作ですし、実際にそんな人物ではなかったことは研究によって随分前から明らかになってきている。それでも悪のイメージが覆らないこの人物を、等身大の姿で描いてみたかったんです」
著者がこう語るように、本作は戦国三大梟雄の一人・松永久秀の生涯を描く。久秀と言えば、主家である三好家の乗っ取り、将軍足利義輝の暗殺、東大寺焼き討ちという“三悪”を為し、織田信長に仕えながら二度も裏切ったことで知られるが、果たして、彼の実像とはどのようなものなのか。
多聞丸が率いる浮浪児の一団は、とという兄弟を仲間に入れる。荒廃した世を子ども達だけで生きる彼らの絆は強く、多聞丸の“いつか大名になりたい”という夢は、皆の夢になっていた。ところが、多聞丸は殺されてしまい……多聞丸の想いを引き継いだ九兵衛こそ、のちの久秀である。
「久秀の前半生は謎に包まれていますが、後の言動や彼が執った政策、残っている手紙などから考えると、優しい人物だったと思うんです。それに、戦国という時代をとてもリアルに知っている。なので、物語の前半に、この時代の無常さを込めました」
やがて九兵衛は、「武士は人の欲心の化身」と語る三好元長の存在を知り、“武士を駆逐し民が政を執る世を創る”という元長の夢を実現するため、甚助とともに彼を支える。しかし、一向一揆による元長の死や、三好家中の派閥争いなどに搦めとられるようにしてその夢は遠のいていき、久秀は“三悪”を為すことになるが、その真意とは如何なるものだったのか──。本作は、久秀の二度目の謀反を告げに来た小姓頭・狩野又九郎に向かって、織田信長が語る形で、久秀の人生が描かれる。
「いろんなものを受け取り背負っていく前半と、それを下ろして次に受け継いでいく後半を、対になるように描きたかったんです。本当なら、久秀は三好義興に夢を託すはずだったのが、義興は早世してしまいます。では誰に夢を託せばよいのか。その最後の相手が、信長と又九郎だったのかもしれません」
『童の神』『八本目の槍』に続き、本作でも歴史の敗者を描いた。
「よく“滅びの美学”といいますが、人間って、追い詰められた時こそ真の強さが試されると思うんです。勝者は後から事実を覆い隠すことができますからね。人間が最も輝く瞬間を切り取り、それをより輝かせる文章で書いてみたい。そんな欲求があるんです」
今村 翔吾(いまむら・しょうご)
1984年、京都府生まれ。2017年『火喰鳥 羽州ぼろ鳶組』でデビュー。同作で翌年、歴史時代作家クラブ賞・文庫書き下ろし新人賞受賞。
同年、「童神」で角川春樹小説賞受賞(刊行時に『童の神』と改題)。18年下期、同作は第160回直木賞候補に。20年『八本目の槍』で吉川英治文学新人賞受賞。
第163回直木三十五賞選考会は2020年7月15日に行われ、当日発表されます
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