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今村翔吾「私が追いかけて来たテーマの、核になる物語かもしれない」

今村翔吾「私が追いかけて来たテーマの、核になる物語かもしれない」


ジャンル : #歴史・時代小説

今村翔吾さんの『海を破る者』が、5月24日(金)に刊行となりました。

本記事は2020年、連載開始時に今村さんが寄せた「はじまりのことば」です。

なぜ日本最大の危機である「元寇」をテーマに決めたのか、伊予の御家人である河野家にスポットライトを当てたのか、今村さんの思いが綴られています。


『海を破る者』(今村 翔吾)

 世界の長い歴史において最も大きな版図を築いた国はどこか。面積ならば第1位は大英帝国で、その国土は3370万kmに及ぶ。だが当時の世界における人口比率で考えると20%で、大英帝国は首位から陥落する。

 では人口比率から考えた第1位はどこの国か。それが本作の一つの核となるモンゴル帝国である。その領土はあまりにも広大で西は東ヨーロッパから、東は中国、朝鮮半島まで、ユーラシア大陸を横断している。そして当時の世界人口の25.6%、実に4人に1人がモンゴル帝国の勢力圏で暮らしていたことになる。

 そのような歴史上最大の大国に、日本という国は二度も侵攻を受けたことになる。そして皆さんがご存じのように、日本はその外圧を撥ね退けた。他にもその侵攻を防いだ国はある。だがその多くが一時的で、最終的に敗れている。最後まで屈しないどころか、玄関口で追い払った国は極めて稀有である。なぜ日本が勝ったのかという理由は様々挙げられるが、街頭インタビューでもすれば「神風」という答えが最も多いのではないか。確かに野分(台風)は戦いに大きな影響を与えたが、決してそれだけではない。モンゴル帝国と他国の戦いに比べても、鎌倉武士はかなり奮闘したといえる。

 さてここまで話してきて、ふと疑問を持った方は多いのではないか。モンゴル帝国はなぜそこまで領土を拡張しようとしたのかということである。現在のポーランド辺りから、韓国まで、馬鹿々々しいしいほど広大な領地といえよう。1920年代の大英帝国ならば電報による連絡も取れたが、モンゴル帝国は13世紀の話である。とてもではないが統治出来るはずがない。それはモンゴル帝国も理解していたようで、国を細分化させて緩やかな連合体になっていくのだが、統治にはかなり苦労の跡が見られる。それでも彼らはとり憑かれたように、領土を広げることを止めようとしなかった。目標は世界征服だったのか。だがその世界がいかなる形をしているのかすら、はきとしていない時代である。この疑問に直面した時、私は本作「海を破る者」を書くことに決めたのだ。

 主人公は源頼朝から、「源、北条に次ぐ」と称えられた伊予の武士河野家の通有という男である。元寇当時の河野家は一族の内紛により、見る影もないほどに没落していた。この通有は元寇に際してある行動を取って、後の世に名を残すことになる。それを鎌倉武士や世の人たちは勇敢だと賛美したのだが、私はとても奇異な行動に思えて仕方が無かった。

 河野家と決めたのには他にも訳がある。実は同時代にもう一人、通有より遥かに著名な人物を輩出している。踊念仏を広めた一遍上人である。道有とは祖父が兄弟同士という間柄で、先に挙げた一族相克の争いに嫌気がさして、伊予から旅立ったとされている。そして一遍は全国を遊行する中で、たびたび伊予に戻って来ていることも判っている。この時代に爆発的に踊念仏が広がった訳は、元寇による世情不安とも無関係ではないだろう。

 この二人は一族の骨肉の争いに人生を翻弄された。身近な人たちとですら解り合うことが難しいことを痛感していたはずである。私は作家になる以前、父の会社で働いていたことがある。その中でたとえ身内といえども解り合うことが難しいことを知っている。それでも解ろうとし、解り合えない。そのジレンマに相当苦しんだ。いわば戦争とはその国家版ともいえるのではないか。身内にすら絶望した男たちの一方がそれに臨み、もう一方は踊念仏で人との繋がりを見つめる。むしろ解り合えなかった後悔が強かったからこそ、解り合える可能性を追い求めたのだと思う。今の私もまた、小説というもので人と人の繋がりとは何ぞやということをずっと見つめ続けている。それはこれまでも私の書く小説のテーマの核にあったし、今回の「海を破る者」こそその一つの答えになるのではないかと予感している。

 東京オリンピック・パラリンピックに続き、大阪万博、これから人口が減少するなかで移民のことも取り沙汰され、いやがおうにも世界の中の日本、人と人の繋がりを意識せねばならない時代を迎えている。そのような時世を私たちはどう生きるのか。それを考える意味でも、今この物語を書くことは必然だったのかもしれない。

 さて面白くなってきた。この人類史上空前絶後の帝国を、伊予の片田舎に生まれ、人に一度絶望した二人の男が如何に見るのか。私自身もまだ解らない。ただ彼らと共に私も一つの答えに辿り着くと確信している。


撮影:深野未季 取材協力:長崎県庁/松浦市立埋蔵文化財センター


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