2020年8月28日(金)、都内にて第163回芥川賞・直木賞の贈呈式がおこなわれました。受賞者の高山羽根子さん、遠野遥さん、馳星周さんの「受賞のことば」を掲載いたします。
芥川賞
高山羽根子さん
本日はありがとうございます。
「こんな大変な時にすみません」と、このひと月ふた月で何度口に出したろうと思います。候補にしていただいた時からずっと現在まで、何一つ例年と同じようにいかない中で、取材だったり、本づくりだったり行われています。
おそらくは本を手に取ってくださる方も、世界中の方も、昨年と同じように暮らしてはいないというのは思います。小説を選ぶという、正直に申せば、人の命を直接救い得るとはとても言いづらい事柄に、多くの方が一喜一憂してくださること、私の書いた作品が面白いかつまらないか、世界の事柄には大きな影響がないだろう、そういう事柄にもかかわらず、友人からは、「近頃つらいニュースばかりのタイムラインにとてもうれしいニュースをありがとう」と言ってもらいました。このことは、失礼ながら、少しだけ滑稽で、そしてとてもいとおしいのではないかと、この少しバタバタした夏に考えました。
同時に、今は本を読むよりやらなければならないことも多く、そしてその優先事項は本を読むより楽しいことばかりであればよいのですが、多くの場合、そうとばかりは言えなさそうな気がしています。
これから先、何年書くことができるだろうと考えることもあります。時間や体力、寿命を考えるだけでなく、早ければ明日にでも小説や絵が書けなくなるようなアクシデントが起こるかもしれない。今でも世の中のどこかでは物語を書くことで口をふさがれたり、そういうことが行われている場所もあると思います。
そんなふうに、私の身にもいつどんな思わぬかたちで困難がやってくるかも分からないと思うこともあります。書ける間は、縛られた手をほどいてでも、自分の倫理の、とても不確かな、時代によっても変化しうるあやふやなものさしを掲げて、信じていくしかないんだと思っています。
最後に、表現かどうかさえ分からないものを作っていた若い時期に周りに居てくれた友人、小説のまねごとを始めるきっかけをくださった先生、妙なことを始めてもほっといてくれる家族、出させていただいた作品を面白がってくださった方々、いくつかの作品とともに歩んでくださった編集者さんやデザイナーさんや校閲の方々、たくさんの方々、私の作品なんて言ってしまったらおこがましく思えるほどに重要な多くの方々、どれだけ感謝してもしきれないことだということを最後に申し上げさせていただきます。
本日は本当にありがとうございました。
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