- 2020.10.09
- インタビュー・対談
映画づくりの中で僕の欲は出せたかな 映画『ミッドナイトスワン』内田英治(映画監督)
聞き手:「週刊文春」編集部
出典 : #週刊文春
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
LGBTQ――ひと頃に比べ世間の認知は上がっただろう。耳を塞ぎたくなるような差別の言葉も、そうは聞かなくなっただろう。だが我々は、本当に悩む人たちのことを分かっていたのだろうか。
「取材は相当重ねました。世間の光があたるようなところから、ほとんどの人がご存知ないようなところまで。当たり前のことですけど、色んな人がいますよ。たとえばテレビでよくあるようなステレオタイプの“オネエ”とされる人たちは、カッとなると低い声で野蛮な物の言い方になる。あれは“男に戻る”という演出ですね。作品にもトランスジェンダーの役者さんに出てもらったので、自分もそういう陳腐な間違ったイメージに囚われてたんだなと。恥ずかしかったです」
草彅剛がトランスジェンダー役を演じたことが大きな話題を呼ぶ映画『ミッドナイトスワン』(公開中)。内田英治監督は五年もの間構想を温めていた。
「もともとバレエをテーマにした脚本が先にあって、このアイデアにトランスジェンダーの物語を組み合わせました。そっちのほうが、いいんじゃないかと思って。全体ができあがったのは五年前。構想五年というより、本当はどこも取り合ってくれなかっただけなんですけどね(笑)」
主演の草彅はトランスジェンダーの凪沙という役。絶演ともいうべきその見事な演技が生まれた背景とは。
「僕はもともと、アメリカのミディアムバジェット(中規模予算)ムービーのファンなんです。日本の映画って、この層がないでしょう? 映画監督としてはなんとかこれを根付かせたいと思って、脚本抱えて交渉してたんですけどはかばかしくなくて。あーあ、やっぱり自主映画かあ、なんて思っていたら、まさかマイナーとは真逆の俳優さんが出てくれることになるとは思ってもみませんでした」
主人公・凪沙は、ある事情で田舎からやってきた女子中学生・一果をあずかることになる。心に傷を抱える少女には、天性のバレエの才が宿っていた。
「バレエの世界ってそりゃあ厳しさが異常なまでに存在するところですよ。親も子も、持てるすべてをつぎ込む。バレエがなければ生きていけないという人たちが、ただひとつ、美でさえあればあらゆる不合理が許されるという観念で動いている世界です。だからこそ、絶対バレエのシーンの吹き替えはやりたくなかったですね」
一果役にはオーディションで新人の服部樹咲が選ばれた。バレエの経験者であるとともに、新人離れした佇まいにも引き込まれる。
「Netflixの『全裸監督』のときもそうだったんですが、どういうわけか新人のオーディションづいてまして(笑)。撮影中は大人しくしていたけど、芯がありますよ。バレリーナとしても世界を狙えるような位置にいた子なので、本当にラッキーパンチだったなと」
都会の一隅で文字通りひっそりと暮らしていた凪沙が、一果と出会い、その才能を知って、変化が訪れる。抑制的な演出がテーマの重さを際立たせる。ゆえに、個々の演技、セリフ、なによりバレエシーンの美しさが胸を打つ。
「社会的なテーマを打ち出したつもりは全然ありません。役者にも、かっちり決まったセリフを言わせるのは好きじゃないので、結構な分量がアドリブです。こういう映画づくりがしたかったという僕の欲は出せたかなと思います。ただ、蓋を開けてみないとわからないのは、興収ですよね。単館上映を観に行く映画ファンに『いい映画だった』と言われるだけじゃ飽きたりないですよ。観てくださった人たちは褒めてくださるけど、僕は中規模予算映画が日本で浸透することが大事だと思っているので、ひとつ勝負している感覚はありますね」
うちだえいじ/1971年、ブラジル・リオデジャネイロ生まれ。週刊誌記者を経て、99年脚本家デビュー。テレビドラマの演出を経て、映画作品を発表するようになる。監督作品に『グレイトフルデッド』『下衆の愛』などがある。
こちらの記事が掲載されている週刊文春 2020年10月8日号
2020年10月8日号 / 10月1日発売 / 定価440円(本体400円)
詳しくはこちら>>