- 2020.10.06
- インタビュー・対談
新作ミステリー『網内人』の香港人作家、陳浩基インタビュー「香港も、世界も、臨界点に達している」(前編)
文:野嶋 剛 (ジャーナリスト)
『網内人』(陳 浩基)
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
野嶋 香港には、義理人情に篤い武人が弱者を助ける義侠(あるいは武侠)小説というジャンルがあります。ミステリー小説でありながら、これはネット時代の義侠小説でもあるのではないかという読後感を抱きました。
探偵・アニエは、強い者には容赦なく電脳攻撃を仕掛け、弱いものからは奪おうとしません。陳さんに現代版の義侠の役割をアニエに担わせようという創作意図があったのでしょうか。
陳 確かにそういう風格をこの主人公は持っています。ただ、厳密に言えば、義侠小説的に描こうとした意図はありません。アニエは「正義」という言葉の濫用に嫌悪を感じているので、義侠が正義の実行者であるとすれば、矛盾が生じます。
私が主人公の造形で似せようと意図したのはフランスの推理小説の主人公「アルセーヌ・ルパン」でした。ルパンが義侠あるいは義賊なのかというと少し微妙です。自分のために犯罪を犯すこともあれば、人助けに走るところもあります。
映画「ゴッドファーザー」のドン・コルレオーネも、弱い小市民を保護して助けますが、恐ろしい手段を使ってファミリーの利益を守ろうとします。アニエも、そういう点ではほぼ同じです。
野嶋 作品の中でも正義と悪について、アニエがシニカルに論じるシーンがありますね。
陳 なにが正義で、なにが悪かというのは非常に答えにくい問題です。人は「正しい」「間違っている」の二分法でなんでも問題が解決したかのように思ってしまいますが、実際は二分法では解決できないことも多いのです。人間という存在は複雑で混乱し、矛盾に満ちています。我々ができることは、正義と悪について自分の頭で思考することを放棄せず、自分がどうすべきか常に考えることだけです。
野嶋 ルパンといえば、日本でも「ルパン三世」という人気のアニメがありますが、陳さんは見たことがありますか。日本では大人から子供まで、この作品の影響を受けています。ルパン三世も、泥棒つまり犯罪者ですが、弱い者をいじめたりはしないし、情にももろく、憎めないキャラクター設定になっています。
陳 モンキー・パンチの作品ですね! 原作は読んでいませんが、アニメはとても好きです。特に宮崎駿監督が参画した「ルパン三世 カリオストロの城」は、フランス風の冒険小説のロマンチシズムに満ちている素晴らしい作品で、「アルセーヌ・ルパン」の影を見ることができます。
一方、『網内人』の物語の設定が比較的重いものなので、銭形警部やガニマール警部のようなユーモアを持ったキャラクターは存在していません。ただ、私の他の作品には、殺し屋の主人公と彼を追いかける刑事がいて、ルパン三世と銭形警部を彷彿とさせるものがあります。
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