- 2020.12.10
- 書評
「彼女をあんまり神格化しないでね(笑)」オードリー・タンが“台湾を動かす”まで
文:中野 信子
中野信子が『Au オードリー・タン 天才IT相7つの顔』(アイリス・チュウ/鄭仲嵐 著)を読む
IQ180の天才、台湾の若きIT大臣、性別は“無”――。コロナ禍にあって、いかに人心を収攬(しゅうらん)するかが、どの国でも課題であった。その中で、いち早く成果を上げ、感染拡大防止を成し遂げた立役者の一人が唐鳳(オードリー・タン)である。台湾の戦略は見事で、その中心人物であったタンに、世界中が注目したといってよい。
本書では、苦難続きだった彼女の幼年時代から、頭角を現すまでが語られていく。あまりの天才ぶりに周囲から妬まれ、排除されるという辛い経験をした幼い子どもが、社会の数々の問題を解決していくまでに成長していった、そのさまを追っていくだけでも、読んでいる者の心を揺さぶり、温めてくれる。
これに加え、「唐鳳召喚」と題したタンへの一問一答のコーナーや、彼女が影響を受けた20冊のブックリストなど、タンのファンになった人たちへ向けてのサーヴィスページも充実している。彼女が多忙を極める生活を送っているだろうことは想像に難くないが、時には無遠慮なまでに近寄ってくるような人に対してもタンの視線はいつもあたたかく、知的で、ユーモアがあり、やさしいことが伝わってくる構成になっている。
彼女をあんまり神格化しないでね(笑)……と、本書でタンと旧知の仲である高嘉良が、取材に対して答えているくだりは印象的だ。多くの人が彼女の超越的な能力を目の当たりにすると、彼女も生身の人間であり、苦しみも、痛みも、喜びも感じる存在なのだということを、ともすれば忘れてしまいがちになる。期待が大きくなり過ぎれば、それがいかに好意的なものであったとしても、彼女を圧迫しかねないと、高は懸念しているのだろう。
人々は「天才」が好きだ。自分のできないことをやすやすと達成し、解決できないと思われていた難題を見事に解きほぐして見せる。誰からも尊敬と憧れのまなざしを向けられて、この人に会いたい、と熱望される。
けれども、その天才も一人の人間である。本書では、彼女の天才ぶりと同時に、タンが困難を解決し、台湾がこの難局を乗り越えていった具体的なプロセスも綴られている。
もちろんタンの処理速度は尋常でなく、またたくまに問題を解決してしまうそのさまは超越的である。しかし本書で彼女は語る。問題に打ち負かされることと打ち負かされないことの違いは、急いで解決しなければならないという時間的プレッシャーの中でのみ生じると。つまり、打ち負かされずに取り組み続けることが、困難を解決する秘訣なのだということになる。
私たち凡人にとって、これ以上の福音はない。タンが先陣を切って乗り越えていく困難の山を、私たちもまた共に乗り越えていくことができるのだと、彼女は全世界の人々に訴えかけているように感じられてくる。
アイリス・チュウ/コラムニスト。記者、編集者、脚本家などの仕事を経験し、台湾で「文化部電影優良脚本奬」などを受賞。
てい・ちゅうらん/1985年生まれ。台湾のテレビ局で勤務後、現在はBBCやDW中国語、台湾の聯合報などのメディアで執筆。
なかののぶこ/1975年、東京都生まれ。医学博士、認知科学者。『ヒトは「いじめ」をやめられない』『サイコパス』など著書多数。
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