2004年に「背の眼」でホラーサスペンス大賞特別賞を受賞し、鮮烈な作家デビューをした道尾秀介氏は、端正な文章と緻密な構成で、多くのミステリファンを魅了してきた。
今年、累計発行部数600万部となった道尾氏が作家としての来歴を振り返る。
デビュー作には作家のすべてがある『背の眼』
――2005年刊行のデビュー作ですが、今から振り返ってどのように感じますか。
道尾 書き始めたのは18年か19年前ですが、「レエ……オグロアラダ……ロゴ」という謎の声を仕掛けに使うことを思いついた瞬間は、いまだに鮮明に覚えてます。読み返すと、やっぱり京極夏彦さんの影響を受けているのがわかりますし、あとは主人公が道尾秀介という作家だという設定は、今だったら恥ずかしくて書けないかもしれない。でも当時はデビューしていないから、道尾秀介という人物は世の中に存在していなかったんですね。だから何の違和感もなくて、しかもエラリー・クイーンとか法月綸太郎さんとか、不勉強で読んでいなかったので、語り手=作者の名前という前例があるのを、なんと知らなかったんですよ(笑)。自分が思いついたと思ってたぐらいで。
――デビュー作の時点で、何気ない嘘が回り回って人の運命を狂わせるというテーマを書いているあたり、道尾さんはこの時期から道尾さんだったというのを強く感じます。
道尾 好きなものは変わらないというのは僕も読み返して思いますね。この作品のように横溝正史の岡山ものの世界観が好きなんです。5月に新潮社から出る予定の最新作『雷神』も、閉鎖的な田舎町で起きるミステリなんですが、最新作まで好みが変わってないのは嬉しいことです。
本格ミステリ大賞を受賞した『シャドウ』
――『向日葵の咲かない夏』もそうでしたが、初期の道尾さんは、少年を主人公にすることが多かったイメージがあります。
道尾 女性だったり老人だったりという経験はないけれど少年だったことはあるので、いろんな感情をヴィヴィッドに覚えていて、生々しく書くこともできるし、逆に戯画化したキャラクターも作れるんです。また、時代が変わっても少年って同じようなことを考えて同じようなことで悩んでいるので、どの年代の人が読んでも共感できる普遍的なものが書けるという思いもあります。しかも少年って多感だから、物語に巻き込まれやすいんですよ、大人よりも。
――本格ミステリ大賞を受賞していますが、道尾さんにとって理想の本格ミステリとはどのようなもので、この作品はそれにどこまで近づけたのでしょうか。
道尾 本格ミステリとは何かいまだにわからないですが、どんな起承転結を持っているのが本格ミステリなのかがモヤモヤと見えてきて、そこで一回勝負してみようと思ったのが『シャドウ』でした。当時の僕が抱いてた本格ミステリのイメージを100パーセント反映させた作品です。
動物好きな側面が前面に出た『ソロモンの犬』
――道尾さんの小説はタイトルに動物が含まれる作品が多いですが、これは特に動物を前面に出した話になっています。
道尾 単純に動物が好きというのもあります。獣医師の野村潤一郎さんのファンで、本も全部読んでいて。また、喋れない生き物の気持ちを、ちょっとした行動から探るという動物生態学の手順が、ミステリと相性がよさそうだと思っていたので、そのアイデアを実際にやってみたかったというのもありますね。
――この作品には動物生態学者の間宮未知夫というユニークなキャラクターが出てきますが、ご自身のペンネームと同じミチオという名前を作中人物に使う基準は何ですか。
道尾 特に理由はなく、気分ですね。間宮未知夫の場合、ああいうコミカルで戯画化されたキャラクターって、ともすれば感情が離れがちで、傍観した視点で書いてしまいがちなんですが、生身の人間として見て書かないと……というのがあって、名前が同じだと感情移入しやすいというのはあるので、間宮もそんな思いで書いた覚えがあります。