- 2021.01.18
- インタビュー・対談
直木賞候補作家インタビュー「人生の喜びも哀しみも歳月とともに」――西條奈加
インタビュー・構成:「オール讀物」編集部
第164回直木賞候補作『心淋(うらさび)し川』
「これまでも連作という形の短篇は色々と書いてきましたが、以前からひとつひとつの話が独立した短篇で、オムニバスを編んでみたいと考えていました。当初は江戸の大晦日に起こった出来事を描く構想もあったんですが、結局、同じ長屋に住む人々の悲喜こもごもを六篇紡ぐことにして、意識したのは宮本輝さんの『夢見通りの人々』。そこに書かれた同じ商店街に住む老若男女の人生の機微、庶民の逞しさや生々しさがすごく印象的で、何度も読み返した作品です。こうしたものに自分も挑戦してみたいと思いました」
舞台に選んだのは江戸の千駄木の一角で古びた貧乏長屋が立ち並ぶ。そこを流れる小さくよどんだ川の本当の名は「心淋し川」というのだが、そう呼ぶ者は滅多にいない。
「江戸時代に岡場所として賑わった根津権現の近くということで、この場所に決めたんですが、実際に谷根千地域を歩いて取材すると、今でもはっきりと高低差が感じられます。崖の下の窪地にある狭小な土地をイメージしながら書きました」
そこに暮らす人々の暮らしは決して裕福でない。青物卸の四人の妾のうち一番年嵩のりきは、主人の持ち込んだ張形にほんの悪戯心で小仏を彫りだし(「閨仏」)、飯屋を営む与吾蔵は、仕入れの途中で小さな女の子の唄を耳にする(「はじめましょ」)……いずれも物語はささいな光景からはじまり、やがて主人公たちの心の奥底へと入り込んでいく。
「半分くらいはこういう話を書いてみたいと考えていたもので、タイトルも最初から決めていました。先にプロットを立ててしまうと、その通りにしか書けない。それでは作者としてもつまらないので、最近は考えながら書いていくことがほとんどでしたが、今回はすべてのプロットを先に提出してから書き出しました。さらに連作の場合は、際立ったキャラクターの立ち上げが勝負になりますが、あえてそこは普段より抑えめに、より人間臭い大人のリアルな感じを突き詰めようと意識しています」
最終話「灰の男」の主人公は、長屋の差配を務める茂十だ。なぜ彼がここで差配となり、長年にわたって住人たちを陰日向なく見守ってきたのか、真の理由が明かされる。
「あえて人間のうしろ暗い部分を覗きたいという書き手側の欲があり、執筆自体は普段よりずっと大変でした。どの作品もシンデレラストーリーではないので、どんな風に読まれるか不安もあります。それでもこの物語を書いて本当によかったです」
西條奈加(さいじょう・なか)
一九六四年北海道生まれ。二〇〇五年『金春屋ゴメス』で日本ファンタジーノベル大賞。一二年『涅槃の雪』で中山義秀賞。一五年『まるまるの毬』で吉川英治新人賞。
直木賞選考会は2021年1月20日に行われ、当日発表されます
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