西南戦争を明治維新の敗者たちの側から描いた松本清張賞受賞作『へぼ侍』で、鮮烈なデビューを果たした坂上泉さん。直木賞候補となった本書は、戦後の数年間だけ実在した「大阪市警視庁」を舞台にした警察小説だ。
「大学時代にたまたま読んだ本の中に大阪市警視庁の名前が出てきて、名前の格好良さもあって少し心に引っ掛かっていたんです。二作目で昔住んでいて思い入れのある大阪の戦後を書こうと決めたとき、あのとき知った大阪市警視庁がうまく繋がりました」
昭和二十九年、大阪城の足下に広がる焼け跡に建つバラック街で、成り上がり政治家の秘書が頭に麻袋を被せられた状態で刺殺体となって見つかる。政治テロルかと大阪市警視庁が騒然とするなか、初めて殺人事件の帳場に入った若手刑事の新城は捜査に向けてひとり意欲を燃やしていた。
しかし、そんな新城が命じられたのは、上層部の思惑によって国家警察から派遣された警察官僚・守屋と組むことだった。帝大卒なのに聞き込みも満足にできない守屋に、厄介者を押し付けられた形の新城はいら立ちを募らせる。最初は反目しあいつつも、次第に強い信頼で結ばれていく二人の関係は、数多の刑事バディの名作にもひけを取らない今作の魅力だ。
「新城は戦争中は小学生だったので、戦場を経験していません。もちろん子どもの立場で戦後の分断を体験したゆえの屈託や葛藤は持ちつつも、新しい時代を前に進んでいく人物です。対する守屋は戦前から戦後まで一貫して国家体制の側にいました。そういう意味で古い人間なのですが、戦争経験者でもあって警察組織に対して彼なりの信念がある。そんな二人がお互いの足りない部分を埋めつつ、一緒に現代に繋がる警察を切り開いていく姿を描けたらと思いました」
事件は同じ手口で殺された第二、第三の死体が見つかり混迷を深める。一方、新城らの必死の捜査と並行して各章の冒頭で語られるのが、岐阜の寒村から満洲へ渡ったある男の人生だ。
「戦後を考えるときに満洲を避けては通れないという思いがあります。沖縄戦に匹敵するほどの犠牲者も出ていますし、本土へ引き揚げた方々にも悲惨な話はたくさんあります。あまり語られることのない満洲移民のことを小説で書いてみたかったんです」
時代に弄ばれた男の怒りと、新城たち刑事の誇りがぶつかり合い、壮絶なクライマックスへとつながっていく。歴史の片隅で忘れられていた声を掬って骨太なエンタメに昇華した平成生まれの作家に注目が集まる。
坂上 泉(さかがみ・いずみ)
一九九〇年、兵庫県生まれ。二〇一九年、『へぼ侍』で第二十六回松本清張賞を受賞しデビュー、同作で第九回日本歴史時代作家協会賞新人賞を受賞。
直木賞選考会は2021年1月20日に行われ、当日発表されます
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