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みうらじゅんと清張さんとの共通点は、タバコと部屋とメガネと唇!?

みうらじゅんと清張さんとの共通点は、タバコと部屋とメガネと唇!?

『清張地獄八景』(みうら じゅん)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #随筆・エッセイ

『清張地獄八景』(みうら じゅん)

 ――『清張地獄八景』の巻頭に掲載されている、みうらさんと清張さんの執筆風景がそっくりで驚きました。

みうら 僕も原稿を書くときはずっとタバコを吸っていますからね。物書きイコールチェーンスモーカーというイメージは、清張さんの影響が大きいのではないでしょうか。昔からロックな人と文豪はタバコを吸ったもんですよ。僕も清張さんに憧れて、いまだに原稿用紙に手書きだし、事務所で原稿を書くときは常にタバコを吸っています。自宅では1本も吸わないくせにね。昔、『8マン』って漫画があって、8マンは「タバコ型の強化剤」を吸って電子頭脳を冷却するって設定だったんですが、その刷り込みか、いまだにタバコを吸うといいアイデアが湧いてきて面白い原稿が書けるんじゃないかって思い込んでいてね。今日も元気だ、タバコも原稿もウマイってね(笑)。

 ―― 筆記具は何をお使いですか?

みうら もっぱら0.7ミリのシャーペンですが、一時期、清張さんの真似をしてモンブランの万年筆で書いていたことがあったんです。でも、ノリで書いているせいか書き損じが多くて、原稿用紙がもったいないからやめました(笑)。清張さんは書くときに迷いがないんでしょうね。頭の中でお話がかっちり出来上がっていたんだろうなあ。

 ――みうらさんはタバコもアナログといいますか、タバコも紙なんですね。

みうら もっぱら紙タバコですよ(笑)。もし今の時代に清張さんがおられたら、ニオイも気になるし、奥様に注意されて加熱式タバコに変えられていたかもしれませんね。小倉の「松本清張記念館」で、移築された清張さんの書斎を見たら、絨毯にタバコのコゲ跡がいっぱいあったんですよ。今回の本に載っている奥様のインタビューでも「着物が灰だらけでコゲ跡があった」とおっしゃっていましたし。昭和なら「文豪はそうしたものだ」で許されたけど、令和にコゲ跡はヤバイでしょ(笑)。とはいえ、やっぱり犯罪小説に出てくる登場人物は加熱式よりも紙タバコが似合いますよね。吸殻でDNAが検出されてアリバイが崩れたりしますから。

 ――みうらさんと清張さんは、仕事場が雑然としている感じも似ています。

みうら それは部屋が散らかっているってことですよね(笑)。坂口安吾さんの執筆中の有名な写真も相当散らかっていましたけど、あの写真には少し演出っぽいニオイがしたしね(笑)。でも清張さんの書斎の散らかり具合は理にかなっていると思います。僕の仕事場もヘンな置物とかいっぱいあって散らかっていますけど、実は全部必要な資料として置いてあるものですから。

 ――清張さんとの共通点は、ほかにもありますか?

みうら やっぱり度の強いメガネですかね。メガネ屋で「もう、右目はこれ以上視力が出せない」とまで言われてしまったんですが、清張さんのメガネのレンズもよく見ると左右の厚みがまったく違いますよね。左右の視力が違うという点も、僕は清張さんと同じなんです。あと、清張さんに憧れ続けていたら、なぜか唇も若い頃より分厚くなってきたような(笑)。清張さんの唇も、若い頃のお写真を見ると、そんなに厚くないんですよね。清張さんは自画像を描かれる際も、唇を分厚く描かれます。きっと、「そこがいいんじゃない!」と思われていたんじゃないでしょうか。 

 ――作品を書く上で、影響を受けていると感じることはありますか?

みうら 「ノンフィクションな自分の心情をフィクションに混ぜて伝える」という手法は清張さんから学んだことだと思います。清張さんは自伝を1冊しか書かれていませんが、小説の中にご自身の心情を織り込んで描かれているから自伝を書く必要がなかったのではないかと思うんです。 清張さんの小説は、セリフもすごくリアルでしょ、「実際に体験されたことを元に書かれているんじゃないかな」と感じるシーンも多々ありますからね。そのまんま本当のことを書くのではなく、ドキュメントを小説というエンタテインメントに変化させた魁でしょう。実は、僕が「週刊文春」で連載させてもらっている「人生エロエロ」も、「自分や知人の実体験をどうフィクションに置きかえるか」ということを毎回考えて、清張さんの文体で書いているつもりなんですけど、誰も気付いてくれません(笑)。かなり自分流にはなっていますけど、僕の根底には確実に清張さんが流れています。30代後半から、小説はほぼ清張さんの作品しか読んでいないですし、本当に多大なる影響を受けているんです。

 ――そこまで清張さんの作品に惹かれる理由はどこにあると思いますか?

みうら  いい比喩をされるし、語彙も豊富だし、文学性もあるんだけれど、大衆寄りでわかりやすいところですかね。古代史の話とか学者なら難しくわかりにくく書きそうなことを、清張さんは一般大衆が興味を持てるように犯罪や推理を絡めてわかりやすく説いてくれます。政治の話や宗教の話なども面白く描くし、ものすごい物知りでおられますよね。清張さんが『点と線』を書かれた年齢より、今の僕のほうが年上になっちゃいましたけど(笑)。 清張さんの作品は、時代性よりも大衆性が重視されているから、いつまでも読み継がれるし、何度もドラマ化されるんでしょうね。時代設定を現代に置き変えても面白く仕上がるように、未来を見越して書かれていたんですね。

 ――米津玄師さんや「ゲスの極み乙女。」の川谷絵音さん、古市憲寿さん、ヒカキンさんなどが集まって飲んだりしていると聞いたとき、『砂の器』のヌーボー・グループ(音楽家や評論家などの若手文化人集団)を思い出しました。どの時代にもそういう若者のグループが出てくるんだなあ、と。

みうら なるほど。清張さんは、ご自身のデビューは40歳を過ぎてからでしたし、ヌーボー・グループのような若い頃にデビューした人たちのことを苦々しい気持ちで見つめ続けておられたんじゃないかなあ(笑)。「週刊文春」はそういう清張さんのスピリッツを引き継いで、現代のヌーボー・グループに張り付いて文春砲を打っているんでしょうね(笑)。清張さんは、  どんなことに対しても疑問をもたれていて、人間の生み出す煩悩を暴きたいと思われていたんじゃないですかね。

 ――みうらさんが清張さんを意識して書かれた小説(「松本清張の悪夢 痕跡」)も再録していますね。

みうら そうなんです。その頃、清張さんが決して扱わない主人公として、中流家庭で育った「三浦純」というふざけた男が「清張地獄」に堕ちる小説を書いてみたかったんです。昔から僕のコンプレックスは、何においても「中流」なことでした。だから人物に特徴がない。個性がないと言ってもいいでしょう。でも「中流」って、今の世の中では多くの人に当てはまるし、中流の男にも「清張地獄」に堕ちる可能性はあるでしょ。今はネットが炎上したりして、世間が誰かを地獄に堕とすことも多いですけどね(笑)。

 ――「清張地獄」のスイッチは、今も至る所に仕掛けられているんですね。

みうら 清張さんの描く犯罪者の多くは、因果応報のカルマに苦しめられますが、今は理由なき犯罪者も増えましたよね。昭和より今のほうがずっと怖いし、本当の地獄の時代がきたような気がします。 因果応報という仏教の教えがなくなった社会が一番怖いですよね。最近は、そういう社会にどんどん近づいている傾向がありますし。今も清張さんのドラマがくり返し作られるのは、因果応報の教えを留めるためなのかもしれませんね。善と悪、そしてその中間のグレーゾーンを描き切った清張さんの小説を、ぜひ読んでほしいと思います。そして、この本がその手引きになれれば嬉しいです。


文藝春秋「文春オンライン」2019年7月3日掲載

文春文庫
清張地獄八景
みうらじゅん

定価:1,067円(税込)発売日:2021年02月09日

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