本の話

読者と作家を結ぶリボンのようなウェブメディア

キーワードで探す 閉じる
「もしも」を詰め込んだ恋愛ファンタジーに、ようやく挑戦できました

「もしも」を詰め込んだ恋愛ファンタジーに、ようやく挑戦できました

武田 綾乃

はじまりのことば

出典 : #別冊文藝春秋
ジャンル : #エンタメ・ミステリ

「別冊文藝春秋 電子版36号」(文藝春秋 編)

 恋愛ファンタジー小説が書きたい。それも、ちょっとミステリっぽいやつ。

 そんな衝動に駆られ、あれよあれよという間にプロットが出来上がったのがこの小説だった。作家デビューして以降、初めて書いた恋愛小説となる。

 主人公は女子大学生。大好きな彼氏ができ、毎日が楽しい! これからもずーっと一緒にいようね! ……などというハッピーな物語を書こうとしていたのだが、プロットを書き始めて早々に大きく脱線した。何を言っているかはプロローグを読んでもらうとすぐに分かってもらえると思う。

 純粋なラブストーリーを書きたいと思うようになったのは作家になって五年目あたりだったか。私の中に存在する巨大な壁、それが恋愛小説だった。私のデビュー作は一応、日本ラブストーリー大賞という賞のおまけの枠から刊行させてもらったのだけれど、あれも恋愛小説というよりは青春小説としての側面が強かった。自分が生きる上であまり恋愛に比重を置いていないせいか、恋愛小説を書こうとしてもどうにもしっくりこなかったのだ。

 だが、デビュー時は二十歳だった私も今やアラサーだ。同世代の友人たちには既婚者も未婚者も離婚者もいる。恋愛に興味がある子もない子も、子供がいる子もいない子もいる。彼・彼女達と話していると、二十歳だった頃の私は随分と視野が狭かったんだと思い知らされる。当時の私は恋愛というものはキラキラふわふわしたもので、自分のような人間には一生縁のないものだと思っていた。だが、年を重ねるにつれて、恋愛関係なんてものは友達や先輩後輩、上司と部下などと同じく、人間関係のカテゴリの一つに過ぎないのだと知った。

 恋愛感情を真っ向から描けるようになったら、きっと作家として一回り成長できるだろう。そう分かっていても、自分で書くのはなんだかこっぱずかしくて避けてきたのが今までだった。しかし、今作ではそんな己の殻を打ち破るべく、真っ直ぐな恋の物語に挑戦した。さらに、自分の好きなファンタジー要素も盛り込んだ。ファンタジー小説に関しては、昔からとにかく書きたくて仕方がなかった。しかしなかなか書くチャンスに恵まれなかったため、今作でようやく挑戦できて嬉しい限りだ。

「ハリー・ポッター」「ダレン・シャン」「バーティミアス」「精霊の守り人」「十二国記」……好きなファンタジー小説を挙げるとキリがないが、いくつになっても魔法という言葉の響きには胸が弾む。現実世界とは全く違うルールで動いている世界を想像するのは楽しい。時間の流れも、重力も、全てが作家の思いのままだ。そしてなんでもできるからこそ、できないことのルール作りが重要になってくる。奇跡や魔法という言葉で許される範疇はどこまでなのか。その世界に生きる人間たちは、そのルールに気付いているのか。考えているうちに、世界の創造者としての私と登場人物の代弁者である私とが頭の中でごちゃまぜになり、展開がこんがらがりそうになったりもした。その度にルールを作り直し、本当にこれでいいのだろうかと登場人物の内心に思いを馳せた。

 もしも時を巻き戻す魔法が使えたら、自分はどうするだろうか。この物語の出発点はそんな他愛もない疑問だった。考えた結果、私は使わないだろうと結論が出た。失敗も成功も、後悔も未練も、全てをひっくるめて今の自分がいる。人格とは選択の蓄積であり、一つでも欠けるとそこにいるのは別人になる。満足できない要素も含めて、私は今の自分を気に入っている。じゃあ、登場人物たちはどうだろう。少し不思議な世界に生きる皆は、私と同じ思考をするだろうか。そして、この文章を読んでいる貴方はどうだろう。もしも奇跡を起こせると知った時、貴方は一体どのような行動を取るのだろうか?

 ファンタジー小説の醍醐味は、この「もしも」を体験できることだと思う。もしもこの世界に魔法があったら。もしも二度と会えないと思っていた相手に会えたら……。

 読んでいる時はハラハラドキドキして、読み終わった時には爽やかな気持ちになる。そんな読書体験を味わってもらえるように書いた小説だ。ぜひとも楽しんで読んで欲しい。

別冊文藝春秋からうまれた本

別冊文藝春秋 電子版36号 (2021年3月号)
文藝春秋・編

発売日:2021年02月19日

ページの先頭へ戻る