わたしが物心ついたときには、母はもう「ちいさな集まり」の参加者だった。
近所の主婦たちと編み物や刺繍やお花やお菓子づくりの会を結成していた。それぞれ腕に覚えのある主婦が先生となり、定期的に寄り合っていた。わたしがよく覚えているのは、手作業を終えた、ばらばらの年齢の既婚女性がお茶やお菓子をいただきながら、ぺちゃくちゃお喋りするようすである。
母の「ちいさな集まり」活動は、四十代あたりから下火になった。なにかと忙しかった中年期を経て、還暦前後から活動を再開した。
父も本格的に活動し始めた。釣りと山菜とりだ。よく行く海の近くに海仲間、よく入る山の近くに山仲間ができたようだ。母は合唱と踊りと読書会。仲間は市内か隣市の住人だ。わたしはすでに独立していて、帰省の折に、親の「ちいさな集まり」活動の話をたびたび聞いた。その話をするときは、父も母もよく笑った。
八十を越し、父は海にも山にも行けなくなった。海仲間にも山仲間にも会えなくなった。「行きてぇなぁ」「会いてぇなぁ」と病床で何度も言った。母は曲や振りがちゃんと覚えられなくなり、合唱と踊りをやめた。読書会はつづけている。なんと二十三年間。
母の参加する読書会を見学させてもらったことが何度かあった。
九人ほどのメンバーだ。全員、八十歳以上で、月に一度、市立図書館の一室に、意気揚々と集合する。「読み当番」が課題本を数ページ読み終えると、車座になったメンバーがひとりずつ感想を口にする。「読み当番」の朗読についてと、課題本についての、ふたつの感想だ。
彼らの感想に耳を傾けていたら、「語る」という言葉が胸に浮かんだ。彼らは、ひとりもあまさず、自分の言葉で、自分の思っていることをなんとかして伝えようとしていた。
それは、実は、とても勇気のいる行為なのだが、彼らにそんな気負いはないようだ。上機嫌を維持したまま、「エット、エット」といっしょうけんめい語るのだった。
母もそうだった。母の態度は、家族、親類、顔見知りに向けてのどれとも違っていた。
わたしは、この「ちいさな集まり」の一員になったときの母が、もともとの母であるような気がした。
母親とか、五女とか、ドコソコの奥さんとかの役割をとっぱらった母というひとが出現したようだった。
へんてこな言い方かもしれないが、そこでの母はたいそうフレッシュな老人だった。いきいきと目を輝かせ、みずみずしく笑っていた。
これから始める小説で、わたしがまず書きたいのは、「ちいさな集まり」だ。そこでフレッシュな老人たちと少し疲れた若者が顔を合わせる。やがてどちらも「もともとのすがた」で語り合うようになるはずだ。
なぜなら、「ちいさな集まり」は、同好の士が集う場所だから。
基本的には、「同好の士」であることがすべてで、極端な話、それよりほかのパーソナルな情報はなくても一向に構わない。ゆえに各人の「居場所」になりやすく、「もともとのすがた」が出やすくなる。
さらに、今回描かれる「ちいさな集まり」は読書会だ。
母たちがそうであったように、読書会というのはおそらく、ひとりひとりの「語り」を誘発する。
それもそのはずで、たいていの本の著者は、自分の言葉で、自分の思っていることをなんとかして読者に伝えようとしている。その本の感想をなんとかして仲間に伝えたいと思えば、知らず知らずのうちに、自分だけの言葉で語ってしまう、ということになるのではないか、と、思うのだが、どうだろうか。
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