まずは著者近影をご覧いただきたい。
写っているのは、直木賞作家の姫野カオルコさん。このたび、連作短編集『青春とは、』を上梓したのだが、一体全体、何故このような扮装を?
「お茶の水博士ではありませんよ(笑)。『青春とは、』に登場する、化学の先生の格好をしてみました。青春小説というと、胸がキューンとするような恋愛や汗がきらめくスポコンを想像する方が多いのではないでしょうか。本書はそんな期待に応える小説ではないので、誤解を招かぬように、この写真を用意しました。
『登場人物を取り巻く環境や性格付けなど、今までの青春小説から零(こぼ)れ落ちていたものが描かれているのがいいですね』という感想をいただいて、その言葉が嬉しかったです」
主人公の乾明子(めいこ)はマドンナと同年生まれの「年寄り」で、都下の南武線沿線の町にある一戸建てを「大人」1名、「若者」1名とシェアして暮らしている。
2020年3月、新型コロナウイルスの発生によって勤務先のスポーツジムが休館になり、ステイホームを余儀なくされた。持て余した時間を利用して部屋の掃除を始めたところ、高校の先輩から借りたままになっていた1冊の本を発見した。それを糸口に、まるで映画を観るがごとく、過去の記憶が鮮やかに甦り始める――。
「私自身、過去の記憶、特に4歳から10歳までの7年間を鮮明に覚えています。何かの拍子に記憶の再生ボタンが押されると、映画のワンシーンのように昔の出来事が微に入り細に入り甦り始めてしまう。どの時代にいるのか分からなくなるので、すごく苦しいんですよ。TBSの安住紳一郎アナウンサーの言葉を借りれば、“想い出散歩”から抜け出せなくなった“想い出迷子”の状態です(苦笑)」
本書の執筆のきっかけは、編集者の一言だった。
「あるとき『週刊ポスト』の記事にアイドルの河合奈保子さんについて〈学生時代から楽器に慣れ親しんでいた〉とあり、おかしいと思いました。小学校は児童で、中高は生徒、大学は学生でしょう。小学館は学年誌を出している会社なのだから、ここは厳密に書いてほしかったです。
この件を旧知の編集者に話したら、てっきり賛同してくれるかと思いきや、『姫野さんの中高時代に対するこだわりは細かくて面白いですね』と言われて。それで調子に乗って、たまに中高時代の思い出話をメールするようになり、小説にしたらどうかと提案されたんです」
日本赤軍の重信房子に恋する先輩から彼女に捧げる詩に意見を求められて困惑する「秋吉久美子の車、愛と革命の本」、サッカー部のエースと保健室の先生の仲に疑惑が生じる「ラブアタック出演と保健室と『連想記憶術』」など全7編。
明子が生徒時代を過ごしたのは70年代、滋賀県にある共学の公立高校だ。しけ単/でる単、ミッシェル・ポルナレフにリンリン・ランラン……。作中には懐かしい固有名詞が数多く登場する。昔話の最中に現在の明子がひょっこりと顔を出して、昭和の風俗を解説してくれるのがありがたい。
「私と同世代の人に読んでいただきたいのはもちろんですが、若い方にも伝わるように、あらゆる工夫を施して書きました。落語の地噺のように所々に当時の説明を入れたのは、そのひとつですね。今、このページを開いているあなたの記憶のスイッチが入るように読んでいただけたら、と思っています」
ひめのかおるこ/1958年、滋賀県生まれ。90年『ひと呼んでミツコ』で単行本デビュー。2014年『昭和の犬』で直木賞、19年『彼女は頭が悪いから』で柴田錬三郎賞を受賞。『ツ、イ、ラ、ク』『リアル・シンデレラ』『謎の毒親』など著書多数。