[お題:X(あと十五秒で死ぬ)の余白]
一番好きな推理作家はエラリー・クイーンだと話すと、意外そうな反応が返ってきた。デビュー短篇「十五秒」がミステリーズ! 新人賞の佳作に入選したため、主催の東京創元社へ挨拶に伺った際のことだ。
「十五秒」は犯人と被害者の攻防を描いたタイムリミットサスペンスで、どちらかというとミステリー色は薄く、ましてクイーン的なロジックからはかけ離れている。「クイーンファンというよりは荒木飛呂彦ファンの作品のようだ」という編集者の感想はもっともだと思った(『ジョジョの奇妙な冒険』の読者でもあるので、これはこれで嬉しい)。だが、「十五秒」は私がクイーンの読者でなければ生まれなかった小説だ。
クイーンの某代表作に、犯人に銃口を向けられた被害者が、引き金が引かれるまでの数秒間に咄嗟にダイイング・メッセージを残すというシーンがある。当時まだミステリー初心者だった私にとって、この被害者の行動は強く印象に残った。ダイイング・メッセージは当然犯人を示唆するものでなくてはならず、しかし犯人に気付かれないようさりげなく残さなければならない。しかも犯人は目の前にいて、猶予は僅か数秒しかない。
一体この被害者は、死までの数秒間にどんな思考を働かせたのだろう。そんな空想から「十五秒」のプロットは生まれた。あと十五秒で死ぬとして、どんなメッセージなら警察に伝わるか。どうやって書けば犯人に消されないか。そもそも告発のメッセージを残すことが人生最後にすべきことなのか――。設定から思いつけるだけのネタを並べ挙げて、どうにかこうにか接合していく間に、出発点からはどんどん遠ざかる。クイーンを忠実に再現したいわけではないので、全く別物になるのは当然なのだが、その変容っぷりを振り返ってみると我ながら面白い。
今年、「十五秒」を収録したデビュー作品集『あと十五秒で死ぬ』が刊行された。「十五秒後の死」を共通項に持つ、様々なシチュエーションのミステリーを集めた短篇集という体裁だ。そのうちの一作、「首が取れても死なない僕らの首無殺人事件」もまた、出発点から大きな変遷を経た小説だ。
元ネタは「赤蛮奇」というキャラクターである。『東方輝針城』というパソコン用シューティングゲームに登場する、ろくろ首の少女だ。彼女は自分の首を外して飛ばしたり、複製したりする特殊能力を持っている。「首が取れても死なないのかぁ、ミステリーに登場したらどんな話になるんだろう」などとプレイしながら空想していたのだが、次第に「首が取れても死なない」を軸に様々なアイディアが浮かんできた。他人と首を交換できたら楽しそうだ。上手く密室トリックに使えないだろうか。「十五秒」に絡めて、首が取れて十五秒以上経つと死んでしまうという制限を課すのもいい。
あれも入れたい、これも入れたいとプロットに詰め込んでいくうちに、妖怪少女の面影は消え失せてしまったが、出発点を与えてくれた出会いには感謝したい。
悔いがあるとすれば、「砲丸投げの要領で自分の頭部を遠くに投げ飛ばす」というアイディアを入れ損ねたことか。気に入っていたネタなのだが、一体どうすれば話に組み込めたのだろう。
さかきばやし・めい 一九八九年、愛知県生まれ。小説家。名古屋大学卒業。二〇一五年「十五秒」が第十二回ミステリーズ!新人賞佳作となる。二一年、同作を含む短篇集『あと十五秒で死ぬ』でデビュー。
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