過去に横山秀夫、山本兼一、葉室麟、青山文平、阿部智里ら、多くの人気作家を輩出してきた松本清張賞。その第28回選考委員会が、2021年4月20日午後3時から、東京會舘で開かれました。京極夏彦、辻村深月、中島京子、東山彰良(オンラインで参加)、森絵都の五選考委員全員が出席されました。候補作は次の四篇でした。
いとうきぬこ「心ノ錨」、波木銅(応募時は田食銅)「万事快調〈オール・グリーンズ〉」、不動青依「ラストピース」、古川雅春「明日には忘れる」
討議の結果、波木銅「万事快調〈オール・グリーンズ〉」が受賞作となりました。同作の選評をご紹介します。(オール讀物2021年6月号 掲載順 敬称略)
京極夏彦
「万事快調(オール・グリーンズ)」は“小説としての”お約束をほぼ無視して作られている。視点も定まっていないし、外見の描写や設定説明もない。登場人物同士の意思の疎通もない。題名からもわかるように小説や映画、音楽、漫画などからの引用も多くされるが、それに対する解説も蘊蓄(うんちく)も一切ない。小説内だけで成立するような嘘臭い会話もない。極めてアンモラルであり、物語に救いもない。しかしそこが限りなくリアルであった。ドライブ感もあり、爽快でさえある。これが技巧の末なのか偶然の産物なのかは不明だし、某映像作品との類似性なども指摘されたが、この破格な小説の先に何があるのかは見極めてみたいと考え、受賞作として推した。
中島京子
おもしろかった。タイトルが秀逸。「八方ふさがり」とか「万事休す」といったような状況なのに、この愉快さ。もちろん、ラストには大麻の煙が充満しているのだから、快調以外の何物でもないのだ。北関東の冴えない高校の、クラスにたった三人の女子。ぜんぜん仲良くもない彼女たちが、学校の屋上で大麻を育てて売りさばく「園芸部」を作る。散りばめられたサブカルチャーへの目配せも、背伸びしながら疾走する十代の感覚とよく合っていて嫌味がない。二〇〇〇年代以降、しばしば小説や映画の題材になってきた、郊外の閉塞した状況を生きるティーンたちの、鬱屈した、そしてときに暴力に彩られた世界が描かれるのだが、独特のユーモアが下支えしているので、からりと乾いた個性がある。小説や映画や音楽が好きで、ある程度は勢いもあって書いたのだろう作者には、天性の資質が感じられた。ただ、とても若い方なので、この賞が人生を狂わせないことを切に願う。
森絵都
今回の受賞作『万事快調』を、私は若干の警戒を胸に読み進めた。『ジョーカー』然り、『パラサイト 半地下の家族』然り、『鬼滅の刃』然り、近年のヒット作には大量の流血がつきまとう。なぜ人々がこぞって血を求めているのかわからず不安なのである。しかし、主人公の女子高生三人(朴、岩隈、矢口)が学校の屋上で大麻栽培という建設的な事業に取り組みはじめたあたりから、俄然、本作は面白くなった。各のトラウマを抱えながらもそれを暴走の理由にせず、互いの傷を舐め合うこともなく、閉ざされた片田舎に生きる鬱屈のみを共通のバネとして、彼女たちは躍動する。その甘えのない姿勢には若さも相俟ったある種の眩しさがある。何よりも、作品全体に底流する作者のユーモアセンスが(岩隈が後輩にレイシストが書いた本を読んでいると難癖をつけるシーンなど最高だ)、作中で流される血に粘りのないサラサラ効果を与えている。だとしたら何のための血だと思わないでもないが。
正直、粗の多い作品だとは思う。巧いとは一度も感じなかった。が、際立って面白かったのは事実なので授賞に賛成した。
東山彰良
受賞作の『万事快調』は頭ひとつ抜きん出ていました。アメリカのドラマ『ブレーキング・バッド』とアーヴィン・ウェルシュ『トレインスポッティング』、入江悠監督『SR サイタマノラッパー』をうまくサンプリングしたような、疾走感あふれるオフビートな作品です。地方都市の閉塞感のなかで暮らす女子高生たちが学校でマリファナを栽培するのですが、それぞれのサブカルの分野でトガッた感性を持つ彼女たちの過剰な自意識に何度も笑わせてもらいました。なんといっても皮肉とユーモアのセンスがずば抜けていて、固有名詞のひとつひとつをおろそかにしない意識の高さ、世代の空気感を鋭敏に掴み取るセンスのよさが感じられました。おめでとうございます。
辻村深月
『万事快調』をイチ押し! と心に決めて、選考会に臨みました。閉塞感漂う地方都市の日常を生き抜く女子高生たちの話――と書くと、重い雰囲気を想像しがちなのに、作品全体に漂う疾走感がそうさせない。私が特に惹かれたのは、主人公たちがそれぞれ家庭環境などに深刻な事情を背負っていても、キャラクターの造形を、各自の「事情」や「傷」から立ち上げていないことでした。それに代わって作者がそれぞれの個性の奥に用意したもの――それが、大島弓子をどう読むかの漫画観だったり、フリースタイルのライミングセンスであったり、映画の趣味の独自性であることがなんとも嬉しい。かつ、それらが決して小説を書くための小道具として選ばれたものではなく、作者の内側に最初からあるものだと信じられる書きぶりを目の当たりにして、選考委員としてこの作家のデビューに立ち会いたい、という気持ちになりました。主要登場人物となる女子高生三人の間に粘着質でない友情がからりと存在している様子もよく、何かが欠落しているのだけれど、それぞれが自立した人間同士であり、互いの人生を尊重している様子にも好感を持ちました。
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