第28回の松本清張賞は選考委員からの熱い支持を受け、満場一致で波木銅さんの『万事快調〈オール・グリーンズ〉』に受賞が決まりました。 今後の活躍が期待される波木さんに、受賞を受けてのエッセイを寄せていただきました。(「オール讀物」2021年6月号より)
松本清張賞の応募規定には「ジャンルを問わない広義のエンタテインメント小説」とあります。エンタテインメントの賞をいただいたからには、一流のエンターテイナーを目指さなくてはなりませんね。エンタメの作り手になるとはどういうことかを考えてみると、高揚感のさなか、尋常じゃない不安や恐怖もまた頭をもたげます。「……ちょっと待てよ。たとえばネットフリックスの月額料金さえ払えば古今東西の名作映画から『ブレイキング・バッド』や『ハウス・オブ・カード』の全話まで、良質なコンテンツを浴びるように見られるわけだけど、お前にはそれよりも高額な、単行本一冊ぶんの代金を請求するだけの覚悟があるのか? それに値するだけのものを書けているのか?」と自問は止みません。ああそうだよ、と自答できるかは、もちろんこれからの努力次第です。
私の経歴について特筆すべきことはさほどありません。大学に通いつつ、ほかの数多の作家志望者と同じように、新人賞への応募を繰り返したり、ウェブに小説をアップロードしたり、同人イベント『文学フリマ』に参加したりといった執筆活動を続けてきました。
今回、賞の最終選考まで残ったこと自体がはじめてでした。結果を待っている間は死ぬほど気が気でなく、なんにも手につかなかったので大好きなアニメ『マイリトルポニー』をずっと見返していました。それ以外のことはなに一つしていませんでした。受賞できなかったらどうするつもりだったんでしょうか。せめて就活はやれよ。ところで、『マイリトルポニー』に、勝気でカラダを動かすのが大好きなペガサスの女の子レインボーダッシュが読書の楽しさを知る、というエピソードがあります。怪我で入院することになった彼女に、真面目で読書家の友達トワイライトスパークルが退屈しのぎにとお気に入りの冒険小説を紹介してあげます。しかしレインボーは「読書なんてガリ勉がするものでしょ」と興味を示しません。でも、入院生活があまりに暇で痺れを切らし、仕方なくページを開いてみるとそれがめちゃくちゃ面白くて、挙句その小説シリーズの大ファンになっちゃう、っていう。エンタテインメントのポジティブな波及とは、こういうことだと思います。自分とまったく無関係なところにいる人たちにも、もしかしたら届くものがあるかもしれない。それって、途方もなく凄いことではないでしょうか。私自身、中学生のときに伊坂幸太郎さんの『ラッシュライフ』をたまたま手に取らなかったとしたら読書の習慣はなかったでしょうし、まして文章を書こうなどと思いもしなかったはずです。エンタメ小説の起こす一種の奇跡的な偶然によって、私はここに辿り着きました。これは思い上がりですが、あわよくば私にもそんな「きっかけ」を作れる時が来たら、幸いです。
話は変わりますが、「配られたカードで勝負するしかないのさ」とスヌーピーさんは言います。そりゃそうですけど、たとえば、配分されるカードの枚数を不当に少なくされていたり、ディーラーから存在自体を無視されていたりするようなプレーヤーがいるとします。そして、ディーラーはその不備を見て見ぬ振りしている。プレーヤーはそれに文句を言い抗議する権利があるし、するべきです。しかしディーラーは耳を傾けようとしないうえ、ゲームから降りることも許さない。はじめから勝てないようにできている。じゃあどうするか? イカサマをしてでもカードを手に入れなきゃいけないじゃないか。
近頃一世を風靡したエンタメにはある種の系譜が感じられます。たとえば『万引き家族』や『パラサイト 半地下の家族』など。私はそれらの作品群を「不平等を強いられたプレーヤーたちが、ある種の反則をもってしてでもカードを力ずくで奪いにいく」話であると解釈しています。そういった物語が世界中で生まれているのは、今、この世の中に、必要とされているからではないでしょうか。『万事快調(オール・グリーンズ)』も、それらに連なるものとして作りあげたつもりです。未成年が犯罪をする話なので前提としてインモラルですが、だからこそ、露悪趣味に耽溺したくはありませんでした。私が書きたかったのは、不公平なゲームに抗うための手段としての友情や連帯、そして怒りとユーモアなんです。
エンタメはあくまで娯楽のためのものであるけれど、広く、かつフレッシュな視点で作られたそれは、少なくとも誰かの生活をちょっとだけマシにするような効力くらいはあるのではないでしょうか。
幸運にもこういった名誉をいただいた以上、死ぬまで「エンターテイン」を続けていきたい、と願っております。ルールを逸脱する悪質なプレーヤーの一人として。
なみき・どう
1999年、茨城県生まれ。大学在学中の2021年、本作『万事快調〈オール・グリーンズ〉』で第28回松本清張賞を受賞し、デビュー。弱冠21歳での受賞は、清張賞史上2番目の若さ。
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