- 2021.07.12
- コラム・エッセイ
想像力とヒューマニズム~話題作『万事快調〈オール・グリーンズ〉』に影響を与えた3つの作品~
波木 銅
『万事快調〈オール・グリーンズ〉』(波木 銅)
ジャンル :
#小説
満場一致で第28回松本清張賞を射止めた『万事快調〈オール・グリーンズ〉』が、遂に発売になりました。
本作の大きな特徴のひとつは様々な先行作品からのオマージュ/サンプリングから成り立ってることです。
そこで著者の波木さんに、本作に影響を与えた3つの作品をご紹介いただきました。
このたびは松本清張賞を受賞した拙作『万事快調〈オール・グリーンズ〉』に影響を与えた作品を三つ紹介する機会をいただきました。とても喜ばしく思っております。自分の好きなものについて語っているときが、いちばんイキイキしますよね。
まずご紹介したいのがプロットそのものへの影響が色濃い、タイのナタウット・プーンピリヤ監督の映画『バッド・ジーニアス 危険な天才たち』。
貧しい父子家庭に暮らす女子高校生を主人公とする作品です。優れた頭脳を持つ彼女が、他の生徒のカンニングを手伝うことで対価を得るビジネスに巻き込まれていく顛末を描いています。
高校生が金のために犯罪に手を染める、という『万事快調』のストーリーの発想元のひとつとなっております。
本作が犯罪映画の白眉といえるのは、スピーディーで緊張感に満ちた筋運びはもちろん、カンニングというユニークな題材をもって本格クライム・サスペンスをやってのけていること。また、それと同時に作品全体に一定のモラルが確立されていることにあります。やがて主人公たちは高難易度で国際的な入試を舞台にカンニングを試みることになるのですが、それはある種、経済格差とか、学歴社会とか、断固として存在する分断へ戦いを挑む構図としても映ります。エンタメとしてのセンセーションと、それを悪趣味に堕とさせないテーマ性の共存する、誠実でスマートな作品だと思います。
インモラルな題材を面白く語るには、むしろ作り手にモラルや良心、ないし知性が必要なのではないか、というのが私の持論です。拙作からもそのような語り口を感じ取っていただけたら、と考えております。
また、『万事快調』はティーンが出てくる青春小説でもあるため、それらのジャンルからの影響もまた計り知れません。とりわけ、青春モノの金字塔、岡崎京子氏の漫画『リバーズ・エッジ』はとくに重要な一作です。
ラフな線による描画や膨大なモノローグ、幅広いポップカルチャーからのサンプリングで構成される岡崎作品はとても「クール」ではないでしょうか。どこか冷めていて、風通しのよい涼しさを感じさせ、めちゃくちゃカッコいい。私の感性や美意識は、かなりの部分が彼女の影響下にあると思います。
『リバーズ・エッジ』はいわゆるボーイ・ミーツ・ガールを描いた物語ですが、そこには切羽詰まった状況下における若者たちの剥き出しの感情が見て取れます。作中で引用されるギブスンの詩の「平坦な戦場でぼくらが生き延びること」というフレーズはあらゆる時代の青春に普遍的に存在する殺伐とした雰囲気、焦燥感を端的に言い表しているように思え、世代の違う私にとっても切実な感情を想起させられました。
2021年現在、私たちの「平坦な戦場」の戦況は悪化し続けているように感じます。じゃあどうするか? というのが、『万事快調』を書くうえで念頭に置いていたコンセプトのうちのひとつです。
最後に、『ナイト・イン・ザ・ウッズ』という作品を挙げさせて下さい。これは映像作品でも活字メディアでもなく、カナダの小規模なゲームスタジオ「インフィニット・フォール」開発のビデオゲームです。
本作は『万事快調』に、というより、私の人間性そのものに深く影響を及ぼしたタイトルです。ゲームとしてのアクティブな競技性よりもシナリオを読み進めることに主題を置いた、ジャンルでいえばアドベンチャー・ゲームに分類される作品です。
本作のストーリーは精神に不安定さを抱えた二十歳のメイ・ボロウスキが大学を中退して地元に帰ってくるところから語られます。プレーヤーは彼女の視点を通して、エモーションに満ちてはいるけれどビデオゲームのそれとしてはあまりに地味で内省的な物語を味わうことになります。
ゲームという表現媒体の特性を活かし、プレーヤーはたとえば「数年ぶりに地元のショッピングモールに行ったらすっかり寂れていて驚く」とか、「とくに誰かに披露するわけでもなく昔の友達と集まってなんとなくバンド演奏の練習をする」とか、そういったリアリティと示唆に富んだ人生の一コマ一コマをインタラクティブに追体験します。そこに私はこれまでどの創作物でも味わったことのないような、独特の手触りを感じました。
物語の舞台はペンシルバニア州の田舎町、いわゆるアメリカ国内のラストベルトにあたります。主要な登場人物となるのは経済的な都合により大学に行くことができずに病んだ父親のもとで暮らしている若者や、保守的なコミュニティでどうにか身を寄せ合って生きるゲイカップルなど、多種多様な人物が登場し、そのいずれもがステレオタイプに陥らず、血の通ったリアリティある人格を与えられています。諦観と虚無感を抱かざるを得ない現代にとって、このような甘くはないけれど誰も蔑ろにしない物語はとても重要なものなのだと思います。
誰にとっても他人事ではない、人間模様を描いたユーモアとペーソスに満ちた悲喜劇を味わったことは、私にとって一生忘れられない体験となっています。『万事快調』で描かれる登場人物たちの関係性にも、本作のエッセンスが多分に内包されているかと思われます。
『万事快調』は分け隔てないジャンルから影響を受けており、今回はあえて、小説以外の三作をご紹介させていただきました。これらの作品に共通するのは、シリアスなテーマをエンタメとしてスマートに語る作り手の卓抜した想像力が感じられること、そしてヒューマニズムを描く物語であることだと考えています。『万事快調』からも、そういった要素を感じ取っていただけましたら幸いです。
なみき・どう
1999年、茨城県生まれ。大学在学中の2021年、本作『万事快調〈オール・グリーンズ〉』で第28回松本清張賞を受賞し、デビュー。弱冠21歳での受賞は、清張賞史上2番目の若さ。
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