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〈吉村萬壱インタビュー〉「人間のこと、ちょっと好きになってきたのかもしれません」〈祝!デビュー20年〉<br />

〈吉村萬壱インタビュー〉「人間のこと、ちょっと好きになってきたのかもしれません」〈祝!デビュー20年〉

「本の話」編集部

吉村萬壱『死者にこそふさわしいその場所』刊行記念インタビュー


ジャンル : #小説

人間はとにかく「暇」

 結局人間って、暇なんですよ。例えば虫なんかは、とにかく忙しいじゃないですか。餌を食べ続けないといけないし、油断すると食われてしまう。だからやることがないときにはじっとして、エネルギーの消費を抑えているんですよね。暇を持て余すということはない。

 それに比べると、人間は胃袋が大きいですから、食事をするにしても1日3回、2回ぐらいでも十分なわけです。で、労働して分業とかやっちゃう。するとあとの時間は全部、別のことができる。その最たるものが文化的な営みですよね。Twitterしかり、オリンピックしかり。

 小説も、なくてもいいものじゃないですか。今、僕は故あってプルーストを読んでいるんですけれど、『失われた時を求めて』がこの世に存在していなくても、なんてことないんじゃないかなって思いながら読んでます。プルーストがいなくても、誰か代わりの人が出てきたでしょうし。そもそも、きちんと理詰めで考えたら、「絶対に必要な小説」なんて多分ないような気がするんです。でも僕も含めて、小説を書いて、評価したり、一等賞決めたり、売れたり売れなかったり……と、虫から見たら「何やってんの?」みたいなことを営々とやっているわけです。

余力の営みを必死で理論武装する

 人間って、どこか本能が壊れていると思うんですよね。今だってパンデミックの最中なのにオリンピックをしたり、死人が出ているのにだんじり祭りを続けたり、大人しくしておけばいいのに不倫して酷い目にあったりする。小人閑居して不善をなす、じゃないけれど、やっぱり「余力」が人間に変なことをさせるんでしょうね。

 そしてその振る舞いを、必死で理論武装する。宗教に限らずとも、自らの営みを変な理屈をつけて合理化していく。人間のその労力たるや、すごいものがあると思うんですよ。原発なんか最たる例ですけれど、せんでもええことをして、大惨事になって、火消しをしているマッチポンプアニマルですよね。構造的にも世界の半分が飢えているようなシステムを作り上げておいて、その現状を嘆いて、色々なシステムを作って救おうとして、でもなかなかうまくいかなくて、の繰り返し。

世の中のスピードが緩まない

――その「火消し合戦」についていけなくなってしまったのが、「絶起女と精神病苑エッキス」の主人公・高岡ミユのように思います。

 この世の中は、ものすごい速度で動いているでしょう。全体がレベルダウンしたら、落ちこぼれている人達ももっと楽になると思うんです。朝起きられない「絶起女」ミユも、例えば、出勤を1時間遅くしましょうってみんなが言ってくれたら、ついていけたかもしれない。でも、社会のスピードが全然緩まらないから、彼女は振り落とされてしまったんですよ。

 このコロナ禍で、日本では緊急事態宣言が発令されて、世界中でロックダウンが起こったとき、僕は「ついにこの時が来た」って思ったんです。世界の営みの全体のレベルが落ちた、これで世の中はもっと楽になるはずやって。でも結果的に、それは一時的なものに過ぎなくて、むしろコロナ前に弱者だった人がやられてしまった。結局、誰もスピードを緩めない、社会を止めないんですよ。緩めないことによる弊害もあるんだけど、それを弱い人たちを切ることによって生き延びた。

もしも寿命が10万年あれば

 コロナ禍になってからの最近の動きを見ていると、日本が本当の意味で狂い始めた感じがしますね。それは小説家にとっては非常に面白い現象で、しっかり見ていてやろうと思っています。

 例えば、もはや色々な情報が信じられないじゃないですか。国が信頼できないから、民間企業も、ましてや隣のおっさんが言っていることなんて信じれられない。だからと言ってインターネットで検索してみると、調べるほどにわからなくなる底なし沼で。

 もしも人間の寿命が10万年くらいあったら、誰も悪いことなんてしないと思うんですよ。もっと慎重になる。でも、人間なんて生きて100年じゃないですか。余命幾ばくもない政治家が、本気で100年、200年後のことを考えて今の自分を犠牲にするわけがないですよね。今の政治家って逃げ切ろうって考えている人ばかりで、国民のことを考えているようには見えないじゃないですか。中には志の高い人もいるとは思いますが。だから国のこともやはり、信じられないですよね。

 ただ政治家だけが悪いわけじゃなくて、一般人もいい加減なもんですけどね。まさにこの小説の登場人物たちがそうであるように。

人間にある「崇高なもの」

――吉村さんが、それでも人間の営みに惹かれる理由って何なんでしょうね。

 人間って、みんないい加減だけど、やっぱりどこかに崇高なものを持っている気がするんですよ。例えばそれは、死ぬ瞬間に現れると思うんです。

 死ぬって言うのは、しがみついているもの、即ち煩悩から手を放すっていうこと。だから、死はある種の解放であると思っていて。我々は色々と愚かなことをしますけれど、結局は土に還って、初めて自由になる。

 そうでないとあまりに救われないでしょう。もし死後に本当に地獄みたいなところがあって、延々と業火に焼かれるんだったらすごく辛いけれど、そうじゃないんじゃないかな。死んだら他の生物の肥やしになるっていうのはいいですよね。でもそう思うと、本当、人間って、何のために生まれてくるんでしょうね。


よしむら・まんいち
1961年、愛媛県松山市生まれ、大阪で育つ。2001年「クチュクチュバーン」で第92回文學界新人賞を受賞しデビュー。03年「ハリガネムシ」で第129回芥川賞、16年『臣女(おみおんな)』で第22回島清恋愛文学賞を受賞。

単行本
死者にこそふさわしいその場所
吉村萬壱

定価:1,870円(税込)発売日:2021年08月25日

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  • 『熱源』川越宗一・著

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