インタビューほか

この小説、ものすごく久しぶりに書いたので、ちょっとやりすぎたなと思って――吉村萬壱×若松英輔(後編)

「本の話」編集部

『虚ろまんてぃっく』 (吉村萬壱 著)

この小説、ものすごく久しぶりに書いたので、ちょっとやりすぎたなと思って――吉村萬壱×若松英輔(後編)

「概念的に汚いとか臭いとか思っているものでも、実はものすごく美しいんじゃないか――吉村萬壱×若松英輔(前編)」より続く

きれいなフリをした社会の隅っこにあるものが呼んでいる、という吉村さん。作家の手を離れて人間だけじゃない何かが語り始めている、そういうところが面白い、と応える若松さん。「人間を、問い直す」と題し、10月6日にジュンク堂書店難波店で行なわれた対談の後編。

『虚ろまんてぃっく』 (吉村萬壱 著)

若松 もうひとつ、吉村さんにぜひ聞いてみたいと思ったのが、「大穴」の227ページ。これ書いた時のことを思い出してください。ここに書いてあるの、小説というより詩です。

 実は吉村萬壱という作家の作品には、ところどころそういうところがある。この小説集にもいくつもある。小説なのか、小説になる前の原型なのか。原型のまま、物語になる前の言葉がある律動をもって押し寄せてくるところがいくつかあって、その中でもっとも美しく書かれていると感じたのが、さきほどの場所なんです。どういう気持ちで書いたのか、想い出してください。

吉村 ……これは主人公が庭を眺めているところで、過去の自分と過去の女を俯瞰的に思い出している。この部分はもともとなかったんですよ。「大穴」は初校はほんとに大きな「穴」を持った女の話だったんです……こんなところで言ってええんかな(笑)、ほんとに大きな……やっぱりちょっとこれ以上いえませんわ(笑)。それを編集の人に渡したら、吉村さん、これ、前半はいいんですけど、後半はちょっとつらくて読めません、と言われて、僕この小説、ものすごく久しぶりに書いたので、あ、ちょっとやりすぎたなと思って、後半を完全に書き直したんです。吉村さん、大スペクタクルはもういいですから、ごくごく普通のことを書いてくださいと言われて、一晩だけの、ごくごくおとなしい作品に変えたんです。ただ、変えたときに、何かちょっと足らないという話になって、この詩のような情景を入れた記憶があります。

若松 あと、『ボラード病』にも登場した「伊呂波埠頭」が、この作品でも出てきて、途中から主語になって語り始めるでしょう。あれはどういうことなんですか? 自然に起こった?

左:吉村萬壱さん 右:若松英輔さん

吉村 伊呂波埠頭は、違う名前ですけど僕の住んでいる場所の近くに実在するんですよ。昼間は倉庫とか工場ばかりで誰もいない。でも夜に行くと、暗い中に、いつも誰かおるんです。おしなべてあやしい奴。変なおっちゃんとか、あやしいカップルとか、密航してきたんちゃうかなと思う外国人。そういう場所が好きでたまらないですね。

 あと、高架下のゴミ捨て場を漁るのも好き。日記とか捨ててあるんですよ。そういうのは僕の宝物です(笑)。日本の都市は一見美しい。でもこれはおかしいと思う。人間の住む場所がこんなにきれいなはずがないんです。町外れのゴミ捨て場は美しい日本社会の辺境で、一種のダークサイドです。日本は本当に特殊な国で、辺境にぜんぶ汚いものを押しやって、きれいなフリをしているけど、隅っこにいくと必ずそういうゴミの不法投棄場所がある。港にもある。伊呂波埠頭が主語になるのは、伊呂波埠頭にしかないエートスがあって、ゴミだけじゃなく、社会から外れた人たちを絶えず呼びこんでいるんですね。この世にいづらい人たちが、申し合わせたようにそういう場所に集まってきて、変なことやって帰っていく。そんな場所がこの世の中にはいくつもあって、僕も呼ばれてふらふらと行くわけです。だから小説に書くと、おのずと場所が主語になったっていうことじゃないですかね。場所の方から我々を呼んでいるんですから。

若松 作家の手を離れて人間だけじゃない何かが語り始めている、そういうところが面白かったし、そうでなくちゃだめだなと。

吉村 単なる経験ですけどね。

若松 ここに描かれている経験は、経験したくてできる事象とはちょっと違う。何かに呼ばれないとだめなのではないでしょうか。それは書くことと同じで、書き手は言葉を自由にすることを覚えるのではなく、言葉を宿さなくてはならない。言葉に信頼されなくてはならない。言葉に信頼された人が作家であり、書き手なのではないでしょうか。

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虚ろまんてぃっく
吉村萬壱・著

定価:本体1,700円+税 発売日:2015年09月10日

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