2021年5月30日、第8回高校生直木賞の本選考会が開催されました。32校の代表者が全国からオンラインで集まり、伊吹有喜さんの『雲を紡ぐ』と加藤シゲアキさんの『オルタネート』の2作を受賞作として決定。高校生直木賞として初の2作同時授賞が決まりました。小説について熱く語り合った高校生たちの感想文を、3回にわけて掲載します。今回は立命館慶祥高等学校、北海道函館西高等学校ほか、9校をご紹介します。
渋谷教育学園幕張高等学校(千葉県)小田栞「何を求めて小説を読むのか」
「そもそも何を求めて小説を読んでいるんですか?」
窓越しの日が傾き、本選の議論もだいぶ煮詰まってきたときだった。他校の生徒が放ったその一言は、画面を通り越してごつんとぶつかってきた。
本選では開始時点から、『オルタネート』と『雲を紡ぐ』の一騎打ちだった。どちらがより高校生直木賞にふさわしい小説か、各高校の代表生徒がそれぞれの意見を述べてゆく様子はなんともアツいものだった。代表生徒たちがいかに候補作を読み込んで、校内予選の段階からいかにそれらの小説と向き合い続けてきたか、話す言葉から込めたエネルギーが伝わってくるかのようだった。
しかし、やはり議論の擦れも散見された。というのも、どっちがすぐれた小説かを判断する明確な基準なんて用意されていないからだ。それも含め議論してくださいとのお達しだったそうだが、こんな大人数の高校生が一堂に会して、統一的な価値基準を設けることなんてまず無理だ。
「『オルタネート』の方が疾走感があって読んでいて心が揺さぶられる」「でも描かれる心象風景は『雲を紡ぐ』の方が綺麗」……。
どの意見も説得力を持ったものではあったが、「こういう点において」論になってしまいがちで、だんだん議論が沼にはまっていきそうだったときに、冒頭の一言が放たれた。
そもそも自分が好んで手に取った小説を読んで、あわよくばそこから何か学びを得ようだなんて、ずいぶん都合が良いのではないか。読んだときに単純に「面白い」という感情が湧き起こり、図らずも夢中になっている、そんな作品(『オルタネート』)を高校生直木賞として世に送り出すべきだ、と。
私はドキリとした。校内予選の段階で、私は「読んだ後に何が取り込めるか」ということを選定基準のひとつに据えていたからだ。確かに、『オルタネート』を初めて読んだとき、まるで台風のように押し寄せる怒涛の展開にページをめくる手が止まらなかった。いわゆる「文学作品」とは程遠いかもしれないが、久々に味わった、私の忘れかけていた感覚だった。多くの文学作品を読んで教養人になるためのツールとしての読書に若干毒されていた私にとって、きっぱりと娯楽として割り切って楽しむその姿勢は新鮮に感じた。
そしてその後も、「自分が共感できればそれは良い小説なのか」、「小説にリアリティを求めるべきなのか」等々、高校生直木賞の枠を超えた、よりディープな議論に参加することができた。
私の考え(というか勝手な思い込み)とはまるで異なる考えの高校生とも意見を交わすことができ、オンラインの障壁をまったく感じさせない時間だったように思う。
自身を振りかえってみても、特定の作品と真剣に向き合い、時間をかけて議論を重ねることができたことはとても良い経験になったと感じている。
最終的にはまさかの2作同時受賞という結果となったが、これも高校生たちで出したひとつの答えだろう。やっぱり、小説を読むことは本来楽しいことであるはずだ。今回選ばれた2作が、全国の高校生にとって、そのことを伝えるきっかけになればと参加者の1人として思う。
埼玉県立浦和第一女子高等学校(埼玉県)宮野円芳「本の読み方にも個性がある」・参加生徒のみなさんの声
高校生直木賞に参加し、まず第一に感じたことは本の読み方にも人によって個性があるということです。
私は主に主人公の設定と話の展開に着目して読むことが多いのですが、参加者の中には登場人物の心の心情を大切にしていたり、はたまた出てくる単語の難しさに注目していたりする人がいらっしゃいました。
これからは1つの視点だけでなく、より多角的に読書をしていきたいと思います。参加させていただき、ありがとうございました。
※ほか、参加生徒のみなさんの感想
・すごい結果になって驚きました。各々の学校での選考の観点が違ったり、個人の好みが反映されていて、想像していたのと違っておもしろかったです。
・高校生直木賞に参加して、いろんな本の読み方があるんだなと思いました。本の感想だけでなく、表現の仕方や題材、物語の構成、本の帯にまで注目していて驚きました。自分は読後の満足感や感じたおもしろさで本の価値を決めていましたが、話し合いの中ではおもしろさの次を追求していてすごいと思いました。様々な視点から本を味わいたいと思った時間でした。
・高校生直木賞と聞いて、高校生がおもしろいと思った本を投票で選ぶのだと思っていましたが、今日、会議を聞いていて自分の考えが浅はかだと痛感しました。本の内容だけでなく、表紙や表現、改善点、さらには賞の選び方にまで自分の考えを持ち、話し合っていたことが衝撃的でした。大島真寿美さんのお話もおもしろく、最初は気軽に聞こうと思っていたのですが、最終的には鉛筆を持って、メモまでしている自分がいました。
・リモートで話し合うのがどういう形になるかわからず、最初は少し不安なところがありましたが、話し合いの中で自分には出てこなかった感想や逆にとても共感できる感想がいろいろと聞けておもしろかったです。たくさんの同世代の人が同じ本を読んで感想を語っているのを長い時間かけて聞くという経験はいままでしたことがなかったので、新鮮でした。
聖学院高等学校(東京都)中林孝文「“言葉”の力を感じた1日」
実のことを言うと、普段、自分は本を一切読んでいない。ここ2、3年で読んだものと言えば、教科書に掲載されている小説や説明文くらいだった。
そんな自分が、なぜ、今回の選考会に手を挙げたのか。それは、「言葉は武器である」と勝手ながら考えているからだ。「言葉」は、使い方によっては薬であったり、毒であったり。人によって捉え方が変わる。その「言葉」を使って、自分はこういう意見だと伝え、同時に他の人には違う捉え方があることを知りたかった。
自分が通う学校は、中高一貫校の男子校ということもあり、あまり本に関して触れる生徒が多くない。よって、他校の生徒の読解力やどのような考えを持っているのかを知りたかった。
本来であれば、1か所の場所に集まって議論をするということだが、コロナ禍ということもありオンラインでの開催となった。このため、皆が自分の意見や質疑などの返答に時間が掛かってしまったり、ラグなども起きてしまったりと、司会者と他校生徒との言葉数が少なく感じられた。その一方、日本全国の生徒の意見を聞けたということは、オンラインの強みかも知れない。東京の会議室に集まるとなると、北海道や九州の生徒の意見を取り入れることが難しくなる。そういった点で言えば、オンラインで行ったのは個人的に良かったと思っている。
今回、選ばれた作品は、「オルタネート」と「雲を紡ぐ」の2作。2作同時受賞は初めてのことだという。
これらの作品は、自分の学校でも、また自分の中でも1位・2位を争う作品だった。自分は、議論する前は、「雲を紡ぐ」を推していたのだが、今回の3、4時間の議論の中でいろいろな意見や考えを聞いた結果、最終的に「オルタネート」を推させていただいた。学校外で同年代の意見を聞くことで、自分の考えがこれほどまで覆されるとは思ってもいなかった。
「言葉」の力を感じた1日だった。
■立命館慶祥高等学校(北海道)三浦真桜「あっという間の4時間」
■北海道函館西高等学校(北海道)髙瀬心「読書の仕方が変わった」
■岩手県立盛岡第四高等学校(岩手県)久根崎楓「文学で初めてここまで熱くなった」
■渋谷教育学園幕張高等学校(千葉県)小田栞「何を求めて小説を読むのか」
■埼玉県立浦和第一女子高等学校(埼玉県)宮野円芳「本の読み方にも個性がある」・参加生徒のみなさんの声
■聖学院高等学校(東京都)中林孝文「“言葉”の力を感じた1日」
■東京成徳大学高等学校(東京都)村田侑奈「後輩にも受け継ぎたいイベント」
■豊島岡女子学園高等学校(東京都)加納彩瑛「1冊の本と向き合う濃密な時間」
■成城高等学校(東京都)福富照「議論の面白さを知った」