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コロナ禍の行動制限中に主人公が迷い込んだ異世界は現実を先取り?『ワンダーランド急行』(荻原浩)

コロナ禍の行動制限中に主人公が迷い込んだ異世界は現実を先取り?『ワンダーランド急行』(荻原浩)

Book Talk/最新作を語る

出典 : #オール讀物
ジャンル : #小説 ,#エンタメ・ミステリ

『ワンダーランド急行』(萩原 浩/日本経済新聞出版)

少しずつ、ずれてゆく世界で

 ――あの時、もしも。別の行動をしていたら、何かが少し違ったら、別の人生があったのではないか。“コロナさえ無ければ”の思いを共有する今だからこそ、そんな“もしも”の物語がリアリティをもって迫ってくる。

「新聞連載の時期が近づき、何を書くか考え出した矢先にコロナ禍が始まりました。あれよあれよと道行く人がマスクを着けるのが当たり前になって。9・11や3・11の時も信じ難い光景をテレビで見ましたが、今回は身の回りの風景が一変した。本当に現実かと疑うような、変な夢の中にいるような、この感覚を書こうと決めました」

 イベント会社社員の野崎は、マスクの通勤客で溢れるホームから、ほんの出来心で逆方向の急行に乗り込んでしまう。終点で下車し長閑な山中で昼寝をして気づけば夕方、慌てて下山したら何かがおかしい。微かな違和感と共に入った駅前の居酒屋で出されたのは、牛丼と似て非なるラム丼だった。

 記憶と少し違う自宅最寄駅の街並み、見かけないマスク姿、微妙に噛み合わない妻との会話。翌朝出勤した会社ではいつも叱責ばかりの部長が、エース呼ばわりして企画提案を求めてくる。そして、野崎が「似ているが、ここは私の世界じゃない」と認めざるをえない瞬間がついにやって来る。

「この世界からコロナを消す代わりに何が無いと不思議かなと考えたら“牛肉”だ、と。僕が肉好きなので(笑)。食習慣って影響が大きいし、牛肉を食べられないとなったら欧米では日本以上に歴史的転換点になると思うんです。何度か別世界にスリップする中で、最初は誤差程度の世界にしようと。ある建物が無いのを目の当たりにするまで、主人公と世界のどちらがおかしいのか迷うくらいの加減で進めました」

 コロナは無いが、狂牛病で牛肉が消えラム肉が普及した世界。食の不満はあっても職場の評価も元の世界より高いし、そう悪くないかもと思う野崎だが、日ごと違和感が増し、元の世界への帰還を目指すことに。そして次に辿り着いた世界は妻が別人だった……。

「ライトノベルで異世界ものが流行りましたが、僕が今回目指したのは重箱の隅をつつくような、地味でみみっちい異世界(笑)。些細な選択ごとに世界が分岐していくのは本当にありそうですが、ちょっと違う世界に行ったくらいでいきなりチート勇者になれるはずもない。結局どこへ行っても自分は自分、ということですね」

 一長一短の世界たちの中で、野崎は“私の世界”に戻れるのか。意外すぎるラストに、この世界は“本当に現実か”と読者も疑いたくなるだろう。


おぎわらひろし 1956年埼玉県生まれ。2005年『明日の記憶』で山本周五郎賞、14年『二千七百の夏と冬』で山田風太郎賞、16年『海の見える理髪店』で直木賞を受賞。


(「オール讀物」2月号より)

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