馬産地の未来を一頭に託して
馳星周さんの新刊『黄金旅程』のタイトルは、競走馬・ステイゴールドの中国名。気性が荒く、レースで2着、3着を重ねたものの、引退レースとなった国際G1香港ヴァーズでは、劇的な逆転勝利を遂げ、今なおファンから愛され続けている名馬である。
「とにかくステイゴールドをモデルにした小説が書きたかった、その一言に尽きる長編です(笑)。ただ50歳を超えるまで競馬に近づくことはなかったので、実は競馬歴はそんなに長くない。競馬場やトレセンなどのメインストリームを描くより、馬産地を舞台にしたものを書こうと考えました」
もともと馳さんが子供時代を過ごした北海道の浦河は、サラブレッドの生産が盛んな地域だ。当時は「馬なんて巨大なだけ」。糞の臭いに辟易し、「馬のいないところに行きたい」と願っていたという。ところが数年前から縁があり、夏の間は浦河で過ごすようになったことも、執筆に影響を与えた。
「自分が子供だった頃に比べると、牧場は半分に減っている。いちばんの問題は後継者不足で、北海道の冬は本当に厳しいんだけど、休みなしで朝早くから馬の面倒を見なくてはいけない。どんなに一生懸命面倒をみていても、生き物だから死んでしまうこともある。競走馬の競りで数億円という高額な取引がされるなど、一見、華やかに見えても、浦河や日高の馬には、数百万円くらいしか値段はつかない。競走馬になれない馬もたくさんいるんです」
こうした現実を目の当たりにしつつ、小説では装蹄師を生業にしながら養老牧場を営む主人公の平野敬、覚醒剤所持で服役した元スター騎手の和泉亮介、牧場主の栗木佑一らが、一頭の牡馬に夢を託す。その馬の名は〈エゴンウレア〉。スティービー・ワンダーの曲名をバスク語にしたもので、由来はステイゴールドと同じ。そしてエゴンウレアも潜在能力をなかなかレースで発揮できずにいた。シルバーやブロンズのコレクターのままで終わるのか、果たして才能を開花させるのか……。
「馬産地や競走馬で辛い出来事や、大地震などの天災が起こっても、この『黄金旅程』のラストは幸せなものにしたいと最初から決めていました。野生であれば走らなくても生きているのに、人間たちがきつい調教をしてレースに出走させる。そこで一生懸命に走る競走馬たちのことは、これからも書いていく予感がします。毎年、色んな馬が出てきて、関わってくる人も大勢いるんだから、数えきれないほど物語はある。新年からはメジロマックイーン産駒最後の競走馬をモデルに、『オール讀物』の連載小説を書きはじめています」
はせせいしゅう 1965年北海道生まれ。96年『不夜城』でデビュー、同作で吉川英治文学新人賞。『鎮魂歌』で日本推理作家協会賞。『漂流街』で大藪春彦賞。『少年と犬』で直木賞。
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