- 2022.03.04
- インタビュー・対談
涙せずにはいられない驚愕と慟哭の青春ミステリー――『奔流の海』(伊岡瞬)
「オール讀物」編集部
Book Talk/最新作を語る
出典 : #オール讀物
ジャンル :
#小説
,#エンタメ・ミステリ
人はいかにして運命を変えていくのか
“なぜかうまくいかない” “なぜかひどい目にあう”人生を描かせると、伊岡瞬の右に出る者はいない。
本書の“うまくいかない”主人公はふたり。ひとりは、海と山に挟まれた千里見町で母と旅館を営む千遥(ちはる)で、東京の大学に合格したものの、父を交通事故で亡くし、進学を諦め、休業状態の実家で鬱々と暮らしている。
もうひとりは、小学一年の頃から父親に「当たり屋」を強いられ、ケガが絶えない裕二(ゆうじ)だ。
彼らはいつか救われるのか? ふたりの人生はどのように交わるのか? 読者は固唾を呑んで読み進めることになるが、物語の鍵は、20年前、千里見町に大きな被害をもたらした豪雨災害にあるらしい……。
本書執筆のきっかけは、伊岡さんが旅先で見た貼り紙だったという。
「10数年前、取材旅行先の街を歩いていると、ふと公民館の掲示板に、男の子の写真が入ったビラを見つけたんです。それは行方不明者を探す貼り紙で、中学3年の男子が制服姿のままいなくなったことが記されていました。変色し、端がめくれた古い貼り紙で、日付を見ると3年くらい前。だけど掲示板に貼ってある以上は、まだ見つかってないんでしょう。この子はどんな少年だったのだろう、いまどこにいるんだろうと、気になったんですね。
その時訪れていたのが“東海道の難所”と呼ばれる海辺の街。数10年前に土砂崩れが起きて道路が寸断されたことのある土地でしたから、それなら豪雨災害を背景に物語が書けないか――とイメージが膨(ふく)らんでいきました。当初はテロリストが立てこもるアジトのロケハン取材のつもりだったのですが、全く違う話になりました(笑)」
臨場感溢れる描写は、伊岡さんの真骨頂だ。たとえば、裕二少年が父親によって車に「当てられる」シーン。
――「いまだ」/父の厳しい声が聞こえ、背中を強く、押し出すように叩かれた。(略)右側から圧倒的な衝撃を受けた。(略)いままで見たことのない角度から、世界が見えていた――
「登場人物には感情移入しますから、書いてて私も痛いんですよ(涙)。さすがに当たり屋の経験はありませんが、子どもの頃は家が貧しく、焼き魚一切れを分けて食べる、知人の古着をもらって着る、みたいな生活でしたので、貧困の描写は実体験に根ざしています。毎日の食費にさえ困ると、しだいに家庭の雰囲気がギスギスしてくる感じは、リアルに描けているかなと。
もし『辛いめにあっているのは自分だけ』と思っている方がいたら、そうじゃないよ、と伝えるのが小説の役割かもしれないと思っています」
いおかしゅん 1960年生まれ。2005年『いつか、虹の向こうへ』で第25回横溝正史ミステリ大賞とテレビ東京賞をW受賞しデビュー。著書に『本性』『赤い砂』『仮面』等。