辻仁成が贈る、ままならない一生に寄り添う言葉
- 2022.03.30
- ためし読み
生き難い人生だが、逆を言えば、生き易い人生というものはない。60年以上、この世で生きてきたけれど、人生はまこと、山あり谷ありの連続で、山があるならまだしも谷が延々と続くこともあり、思えば、そういうぼくを支えてくれたのは、考えさせられたのは、時には導いてくれたり、目を覚まさせてくれたのは、まさに「言葉」であった。
詩や小説以外で、ぼくの言葉の発露となったのはツイッターである。その時、パリで暮らしだして10年ほどが過ぎていた。日本の状況が分からず、望郷の念にもかられて、47都道府県の任意の47人をフォローさせてもらい、はじめたツイッター。その人たちから日本の「今」を情報収集していたのだけど、ツイートしだして間もない頃、不意に47人全員が「地震だ」と呟いた。2011年3月11日の東日本大震災であった。
ところが海外にいるので何もすることが出来ない。ボランティアにさえ行けない。家にテレビがなかったので慌ててテレビを買いに行き、電気屋に並ぶテレビの画面に映し出される無数の津波を前に、涙を流した。自分に何が出来るだろうと思って、朝と夜に、短い言葉で人々のささくれだった心を慰められないかと、連日、ツイートをはじめた。「とんとんとん」という寝る前の「おまじない」(?)もその後にはじまっている。「今日を精一杯生きたろう」という朝礼のようなやや煩いメッセージも、日々を乗り越えるのに必要な気合いであった。もちろん、それらは同時に、自分自身へ向けられてもいた。その短文発信は2022年の今日まで、休むことなく、毎日、10年以上続いている。
1万キロ離れた祖国の皆さんにエールを送っていたはずのツイッターという場所だったが、離婚後、シングルファザーになり、当時小学生だった息子と二人で生きなければならなくなった時、今度は逆に、フォロワーの皆さんに、励まされるようになった。子育ての方法を教えてもらったり、主夫の辛さの愚痴を聞いてもらえたり、そこがぼくの癒しの広場になっていく。その後、発信の主体は、デザインストーリーズというウェブサイトへ移行することになるのだが、すべての始まりは140字のツイートであった。
本書におさめられた言葉は、ここ3年くらいの間、ぼくが呟いてきたもの。極めてシンプルな日本語がここに集結している。しかし、読み返してみて、ページをめくるたびに、自分自身がその言葉に励まされて、日々を乗り切っていたことをも、思い出すことが出来た。本書の魅力をあげるならば、筆者自身が忘れてしまうほど、日々の何気ない感情の発露がここに、軒下のつららのように濡れ光っている、ということじゃないか。いずれ、溶けて消えていくような言葉たちかもしれないが、その光を見つけた方々の心に永遠に残る輝きを残せれば、と思う。
(まえがき「ままならない一生に寄り添う言葉」より)
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