- 2022.07.18
- インタビュー・対談
直木賞候補作家インタビュー「東京の命運をかけた問答に息を呑む」――呉勝浩
インタビュー・構成:「オール讀物」編集部
第167回直木賞候補作『爆弾』
出典 : #オール讀物
ジャンル :
#小説
,#エンタメ・ミステリ
銃乱射事件の“その後”を描く『スワン』、過激派と関わる過去と暗号を解き明かす『おれたちの歌をうたえ』など話題作が続く著者が、新作の題材に選んだのは東京を狙う連続テロだ。
軽犯罪で逮捕されたスズキタゴサクと名乗る男。自称無職、住所不明、家族ナシ。その供述に混ざる雑談が、実は爆破予告になっていて――。のらくらと底知れぬスズキの言動に警察、そして全都民が翻弄されてゆく。
「前二作がどちらも自分の集大成のような小説だったので、次は原点に還ってみようと考えました。もともと『羊たちの沈黙』『セブン』など九〇年代のサイコ・サスペンス映画が好きなんです。ただ、悪のカリスマというのは先行作が山程ありますから、独自の造形にできるかが勝負どころ。スズキからはエレガンスを外し、社会で馬鹿にされて自分でもへらへら卑下する、カリスマ感のないカリスマにしました」
秋葉原で十時に何かが、と第一の爆発を示唆したスズキは霊感だと言い張りながら、取調べの対話の端々に地名や想定される被害者などの情報を紛れ込ませて第二、第三の爆発を予告していく。大量の無駄口の中にヒントを見逃すまいと神経を尖らせる刑事たちは、スズキが展開する持論に呑まれぬよう、自身との戦いも強いられる。
「ジェンダーや社会構造、差別についてスズキが振り回す理屈は、一見それらしい、他人が作った良識や言葉にフリーライドしているだけのもので、ネットでもよく見かけます。このロジックの質(たち)の悪いところは、刑事や一般市民にもどこか根っこの部分で理解、共感できてしまう点。だからこそ、スズキの側に行かずに踏みとどまれるかどうかを各々が試されるんです」
スズキという鏡を覗き込む刑事たちの背景も様々だが、呉さんが「僕に一番近い」と言う等々力(とどろき)は、事件現場で興奮を覚える癖(へき)のため不祥事を起こした先輩の巻き添えで、署内で冷遇されている。聴取からも外され、一歩引いた視点で捜査を続ける彼は《社会の仲間でなくなる》スズキの境地に《片足を置きかけている》自覚がある男だ。
「当事者にとって悲劇でしかない事件に対して、安全な場所にいる身で高揚してしまうのは、作家として僕も覚えのある情動です。それを抑制できるか否か、人間は百点でいなくてはいけないのか、スズキの思想と向き合うにはどうすればいいのか……。自分でも問いかけながら手探りで書きました」
憎らしい程の求心力で問答に引きずり込むスズキと、派手な爆破事件に目を奪われるが、気づけば読後は「自分ならどうする」が深々と残る一冊だ。
呉勝浩(ごかつひろ)
1981年青森県生まれ。2015年『道徳の時間』で江戸川乱歩賞を受賞しデビュー。『白い衝動』で大藪春彦賞、『スワン』で吉川英治文学新人賞を受賞。
第167回直木三十五賞選考会は2022年7月20日(水)に行われ、当日発表されます。