本の話

読者と作家を結ぶリボンのようなウェブメディア

キーワードで探す 閉じる
12の短編に12のトリック――トリックを重視した清張さん

12の短編に12のトリック――トリックを重視した清張さん

文:佐野 洋 (作家)

『絢爛たる流離』(松本 清張)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #小説

 私は、大学を出るとすぐ、新聞記者として札幌の警察廻りをしたが、警察の実際の捜査方法を知れば知るほど、探偵小説(当時はそう呼ばれていた)中の警察描写が、余りにも現実のそれと違うことに驚かされた。その結果、国産の探偵小説からしばらく離れ、外国物だけを読んでいた。

 私が清張作品と出遭ったのは、その頃だった。宿直の夜、編集室の机に置かれた「週刊読売」の目次に、「松本清張の探偵小説」とあるのを見かけ、読んでみる気になったのである。松本清張と言えば、芥川賞作家のはずだが、探偵小説も書くのか、といった野次馬気分の方が多かったと言える。

 その小説「共犯者」を、最初のうちは、単なる犯罪小説らしい、と考えながら読んでいたのだが、最後の数行で私は思わず手を打った。見事などんでん返し、しかもその伏線は周到に張られていた。

 翌日、同じ警察記者クラブの探偵小説好きに、その話をすると、「ああ、松本清張なら、『張り込み』という短篇もよかったよ。新しい探偵小説という感じだ」と、教えられた。

 それにしても、「推理小説の魅力」における清張さんの舌鋒は鋭かった。当時の純文学(ことに私小説)、中間小説、推理小説に対して、「面白くない」と断言したのである。

 少なくとも、推理小説に関しては、新しい形の作品を産み出すことができる、という自信があったのだろう。そして、「新推理小説」についてのイメージも持っていたようだ。再び、「推理小説の魅力」を見てみよう。

 ──私は今の推理小説が、あまりに動機を軽視しているのを不満に思う。それはトリックだけに重点を置いた弊だが、解決篇にちょっぴり申し訳みたいに動機らしいものをくっつけたのでは、遊びの文章というよりほかはない。

 動機を主張することが、そのまま人間描写に通じるように私は思う。犯罪動機は人間がぎりぎりの状態に置かれた時の心理から発するからだ。(中略)私は、動機にさらに社会性が加わることを主張したい。そうなると、推理小説もずっと幅ができ、深みを加え、時には問題も提起できるのではなかろうか。──

 ここで「社会性」という言葉を使ったためか、やがて清張さんは「社会派」と呼ばれるようになる。そして、社会の諸問題を追及さえすれば、推理小説としての趣向やトリックなどどうでもいいと誤解した作家たちも現れて来た。

 清張さんは、これに危機意識とも言えるものを感じたのではないだろうか。

 読売新聞出版局から、書き下ろし推理小説の監修役を依頼されたとき、「ネオ本格推理小説全集」ならば監修してもいい、という意向を示した。「あくまでも推理に重点を置いた小説であるが、昔の本格推理とは違った形のもの」という意味で、「ネオ本格」と断ったのだろう(実際にはネオではなく「新」が使われた)。この企画には、十人の作家が参加したが、清張さんは、「使用トリックが重なってはまずい」と考え、あらかじめ作品の背景やストーリーの大筋、さらにトリックの種類などを調整する役まで引きうけた。

 このことからも、清張さんがいわゆるトリックを重視していたと言えるだろう。

 さらに、日本推理作家協会の理事長時代、機関誌「推理小説研究」の編集を引きうけたい、とご自分から申し出て、「技法の研究」という特集をつくり上げ、「トリック分類表」(中島河太郎・山村正夫両氏担当)を掲載したりした。これは、「清張さんとトリック」を考える上で、無視できない事実だと思い、ここに紹介した。

 さて、本書『絢爛たる流離』だが、郷原宏さんの『松本清張事典決定版』には、連作短篇小説に分類され、「3カラット純白無疵のダイヤが人から人へと『流離』するたびにさまざまな事件が起きる」「ダイヤを小道具にした輪廻物語という形式自体は作者の独創ではないが、ダイヤの流転がそのまま昭和世相史になっているところに清張の清張らしさが表れている」と書かれている。

 たしかに、その通りで異論はないが、清張さんは、全部で十二の短篇を創るに当って、各篇に必ずいわゆるトリックを使ってみせていることも、指摘しておきたい。

 その使用トリックを具体的に書くと、この解説を先に読んだ読者の興を殺ぐ結果を招きかねないので、ぼかさざるを得ないが、あるいは殺人の方法であり、あるいは死体の隠蔽方法であり、あるいはアリバイ破りに分類できるもの等、いろいろ変化に富んでいる。

 恐らくこの連作短篇を考えているときの清張さんは、古いタイプの探偵小説ファン、別名「鬼」の人たちを意識していたのではないか。清張さんは、決してトリックが嫌いではなかった。

(再録)

文春文庫
絢爛たる流離
松本清張

定価:968円(税込)発売日:2022年07月06日

プレゼント
  • 『グローバルサウスの逆襲』池上彰・佐藤優 著

    ただいまこちらの本をプレゼントしております。奮ってご応募ください。

    応募期間 2024/4/19~2024/4/26
    賞品 新書『グローバルサウスの逆襲』池上彰・佐藤優 著 5名様

    ※プレゼントの応募には、本の話メールマガジンの登録が必要です。

ページの先頭へ戻る