- 2022.07.01
- 文春オンライン
「締め切りギリギリまでK–1のノックアウトシーン動画を延々と観てる」夢枕獏と北方謙三が語る“がん治療後”も“執筆がやめられない”ワケ
夢枕 獏,北方 謙三
夢枕獏さん×北方謙三さん#3
出典 : #オール讀物
「膀胱がんで死んだ友達ー松田優作が頭に浮かんで…」 がんから復活した北方謙三が励みにした“船戸与一の闘病” から続く
2021年、悪性リンパ腫のステージⅢの検査結果を受けた夢枕獏さん。抗がん剤治療を行うため、「陰陽師」の連載を休んだ中、「入院中に作った俳句のことを書かせて下さい」と始まったのが『仰天・俳句噺』です。刊行を記念して、40年来の友人で、膀胱がんを早期発見して治療した北方謙三さんとの対談をお届けします。(全3回の3回目。最初から読む。)
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忙しい時ほど遊んでいる
夢枕 最近、20年来自己流でやってきた書の個展のようなものを初めて開いたんです。
北方 誌面でしか見ていないけど、ある意味、格闘でもしているんじゃないかと思うような字だったね。
夢枕 まさに格闘というか、遊んでいるような感じで楽しいんですよ。でもあまり踏み込むと小説を書く時間が減っちゃう心配がある。やっぱり小説を書くのがいちばん楽しい。
北方 獏ちゃんの場合、連載途中のものがいっぱいあるけど、俺は『チンギス紀』の1本だけで、毎月150枚を書いている。
夢枕 同じ「小説すばる」に連載中の『明治大帝の密使』は1回15~20枚ですけど、僕は色んな雑誌に分散して書いているから、毎月の枚数はあまり変わらない気がしますね。
締め切りギリギリまで動画を観ている
北方 どっちがいいかは作家によるし、以前は俺も1回100枚の原稿を3本か4本抱えていた。それが5回で1冊になる。1年間に12冊も刊行して、「月刊北方」なんて言われていた時期もあったわけだ。
夢枕 お互いに昔はよくあんなに書けたと思いますよね。
北方 それも仕事が忙しい時期に限って、海外に3か月間行っていたりして、実際は9か月間で仕事を全部やっていたんだよ。
夢枕 僕も仕事が忙しい時ほど釣りに行って遊んでいる。それでも結構書いてますね。
北方 人間のエネルギーってそんなものなんじゃないかな。忙しい時ほど仕事もするし、遊びもする。今は締め切りのギリギリまでK–1のノックアウトシーンの動画を延々と観ている。結果も展開も分かっているのに観ずにはいられない。
夢枕 感覚的にあと何分、これが迫っているからもう駄目だというギリギリまで粘りますよね(笑)。
潜在能力を最大限活かすために
北方 これだけ長く書いていると、体感として150枚が身に染みている。もう駄目だと思っても、夢中になって書いているとデッドラインの30分前に完成するんだよ。
夢枕 あれ、不思議ですね。一度書けちゃうと、それを身体が覚えているから「あとこのくらいは大丈夫」ってサボっちゃう……いやサボっているわけじゃなくて、編集者に「すみません」、自分自身に「俺はなんて心が弱い男だろう」と思いながら、「ああもう辛抱たまらん!」っていうところまで待ってから、一気に書き出したほうがむしろ早い。
北方 最終的には自己嫌悪だよね。何で毎月こうなるのかとは思う。
夢枕 一生直らないですよね。
北方 最近では連載が始まる時には、すでに書き終えているなんていう若手もいるけど、締め切り前のプレッシャーがかかってないと俺は駄目だと思う。人間は普段持ち上がらないものが火事場の馬鹿力で持ち上げられる時がある。その潜在能力を最大限活かすためにも、俺はK–1の派手なノックアウト場面を観ている。あの時間が大事なんだよ(笑)。
今も文学青年の尻尾が
夢枕 自分で原稿を書いていて泣くことってあります?
北方 俺は泣き虫だって大沢(在昌)にも言われるけど、心を動かされることがあるとすぐ泣いちゃう。だから原稿を書きながらも泣く。特に長く書いていると「死ぬなよ、死ぬなよ」と思っている登場人物が死ぬわけで、その時に「どうしよう、死んじまった」とボタボタ涙を流して泣きます。
夢枕 泣きますよね。その話を女性作家の方の前でしたら、逆に「えっ、泣くの?」と驚かれてしまったことがあるんです。
北方 今書いている『チンギス紀』も長いけど、『水滸伝』なんか51巻続いたから何度泣いたか……。ただ、本当は短編を書きたい気持ちも常に持っています。
夢枕 僕は『陰陽師』を短編で書いていますが、また新しい短編を書きたい気持ちがありますね。
北方 俺が短編を書く動機は、1回15枚のものを3本くらい続けて書くと、長編を書く時も文体がキュッと締まるからなんだよね。
時々、自分にしか分からない挑戦をしたくなる
夢枕 15枚っていうのはかなりシビアな枚数じゃないですか。
北方 しんどい、しんどい。きちんと15枚で書くためには言葉を選ばなくちゃならなくて、長い小説だったら3つくらい書いてしまうことが、実はその中の1つしか必要ないことに気が付く。俺は長編を書いている最中に自分の中の女々しさを感じるんだけど、15枚の短編を書くというのは、男らしい作業だと思うよ。
夢枕 僕はいちばん短い小説として俳句を書こうと思っているんです。短歌のように五七五に七七が付いちゃうと、結構いろんなものが入れられちゃうけど、五七五のシビアな世界でやることが楽しい。
北方 自分でも楽しいのか苦しいのか判断できないけど、表現というものにかかわっていると、時々こういう自分にしか分からない挑戦をしたくなる。常にどこかで磨かなければならない、研がなければならないという気持ちがあるんだよな。
「お金のため」でなく「ビョーキ」だから書いている
夢枕 何だかずっとエンタテイメントをやってきたけど、僕らは若い頃の文学青年の尻尾をいまだに引きずっているようなところがありますよね。世間を見回してみて、そういう欲望を持っている人っていますか?
北方 今の若い作家にはいないかもしれない。小説を書く、表現するということを全然違うところでやろうとしているんじゃないかな。
夢枕 それはそれで面白いものはいっぱいありますけどね。
北方 俺らは今まで書いてきたやり方でしか書けないわけだから。
夢枕 下手に真似をするよりも、今まで好きなようにやってきたスタイルを貫くしかない。もう小金が溜まったので、別に原稿を書かなくても生きていくだけなら大丈夫でしょう。でも、それじゃあ生きていてつまらない。要するに今書いているのはお金を儲けるためじゃなく、ビョーキだから書いている。
SFの世界で勝負するために10年欲しい
北方 贅沢をするために稼ぎたいという気持ちがエネルギーになって書いていた時期もあったけど、正直、もうそれは燃料にはならない。やっぱり、誰が見たってどうしようもなく好きだから書いているんだな。
夢枕 僕はまだハードSFに未練があって、死ぬまでにそれをどうしても書き上げたいんですよ。
北方 山の小説も釣りの小説も書いた。獏ちゃんなら書けるでしょう。
夢枕 いや、『三体』というすごいSFが登場しちゃってね。あれを読んだら、書く以上はこれを超えなきゃだめだと思ってハードルが余計に上がりました。今やっている連載を全部終えるのにあと10年、SFの世界で勝負するためにさらに10年欲しいですね。
北方 俺が書いている『チンギス紀』はあと2年くらいで完結で、続きを書いたらフビライの蒙古襲来になる。どこまで行くか分からないけど。
夢枕 寿命の限り最後は中国の文化大革命まで書いてくださいよ。
(初出:オール讀物2022年1月号、撮影:志水隆/文藝春秋)
きたかたけんぞう 1947年佐賀県生まれ。83年『眠りなき夜』で吉川英治文学新人賞、91年『破軍の星』で柴田錬三郎賞、2004年『楊家将』で吉川英治文学賞、16年菊池寛賞、20年旭日小綬章受章ほか、著書・受賞多数。
ゆめまくらばく 1951年神奈川県生まれ。77年作家デビュー、以後多くのシリーズを発表。98年『神々の山嶺』で柴田錬三郎賞、2011年『大江戸釣客伝』で泉鏡花文学賞、舟橋聖一文学賞、翌年吉川英治文学賞を受賞。
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