- 2022.07.01
- 文春オンライン
「夜中に女性がそーっと来るのはドキドキしますね(笑)」悪性リンパ腫ステージⅢだった夢枕獏が“シャワーのある個室”を選んだワケ
夢枕 獏,北方 謙三
夢枕獏さん×北方謙三さん#1
2021年、悪性リンパ腫のステージⅢの検査結果を受けた夢枕獏さん。抗がん剤治療を行うため、「陰陽師」の連載を休んだ中、「入院中に作った俳句のことを書かせて下さい」と始まったのが『仰天・俳句噺』です。刊行を記念して、40年来の友人で、膀胱がんを早期発見して治療した北方謙三さんとの対談をお届けします。(全3回の1回目。続きを読む。)
◆◆◆
「ここに何かある」膀胱がんを早期発見
夢枕 きょうの対談は僕の方からお願いして実現したんです。
北方 何かきっかけがあった?
夢枕 2019年暮れに恒例のカワハギ釣りの船で隣同士になった時、北方さんから「俺、がんだったんだよ」って言われたでしょう。まさに釣りをはじめようという瞬間だったから、「それは大変でしたね」くらいで済ませちゃったんだけど、自分が悪性リンパ腫のステージⅢ、つまりがんの一種だと分かって、同業者の話を改めて聞いてみたいと思ったんです。
北方 俺のがんが判ったのは、その前に急性前立腺炎というのになって、ものすごい高熱と痛みに襲われた。39度台の熱がずっと下がらず、強い抗生物質を一週間くらい飲み続けてようやくストーンと落ち着いて。
夢枕 それが前立腺がんに……。
北方 いや違うんです。前立腺炎が完治したのを確認するためにエコーをかけていたら、医者の手が膀胱の上で止まって「ここに何かある」って言うんだよ。そこで内視鏡を入れてみたら、膀胱がんが発見された。膀胱がんの初期症状は血尿が出るらしいんだけど、そういうこともまったくなくて、偶然に早期発見できたのは本当に不幸中の幸いでしょう。
治療を終え、「寛解」と言われた時の気持ち
夢枕 僕も人間ドックで早期発見できたのはよかった。20年12月に精密検査が必要だと言われて、それは年末進行の締め切りがあるから絶対に無理。年明けに検査したら、肺の付近に何かあるんだけれど、動脈と心臓が邪魔で、針を入れて細胞組織を採れない。もっと大きな病院で検査することになって、気管支から針を入れて悪性リンパ腫だと判明しました。
あとは肺に水を溜めてそこにがん細胞があるかどうかという検査もしたけれど、まあ苦しい。生まれて初めてギブアップのポーズを出しましたよ。
北方 それを聞くと、俺は楽だったと思う。モニターを見ながら、「きれいに(がんが)取れましたね」なんて言われるのを痛みなく聞いてた。
夢枕 船の上でがんのことを話した時、ご自身で何を言ったか覚えてますか?
北方 俺が?
夢枕 餌を付けながら、こともなげに「(がん手術が成功したのは)もうちょっと小説を書け、と言われたっていうことだな」って。
北方 たぶんこの発言の主語には「小説の神様が」があったと思う。
夢枕 それで釣りに突入(笑)。でも治療を終えて「寛解(かんかい)」と言われた時には、僕もまったく同じ気持ちでした。神様に「もうちょっと仕事をしろ」って言われた感じです。
がんも脊柱管狭窄症も先を越された(笑)
北方 実はこの2年間で、俺は4回入院していて結構な数でしょう。1回目の手術で膀胱がんはきれいに取れたはずだったのに、CTスキャン撮影をしたら、ちょっと心配なところがあって、そこを削ったのが2回目の手術。その次は腰が抜けちゃって……。
夢枕 腰は別に理由があったんじゃないですか(笑)。
北方 いきなりじゃなく、ずっと脊柱管狭窄症(せきちゅうかんきょうさくしょう)に苦しめられてた。
夢枕 僕も同じで今度、手術することになっているんです。
北方 本人にしか分からないけど、脊柱管狭窄症は普通に歩いていても200メートルくらい進むと、耐えられなくてしゃがみこむしかない。
夢枕 その痛みって腰のあたりというより、お尻に近いところですか。
北方 そう。ちょっと歩くと臀部(でんぶ)が痛い。お尻の筋肉の強い痛みが、横からせりあがってくる。
夢枕 ああ、やっと分かり合える人が! もう側面がね、痛くなる。
手術しようと思っていたところ、コロナが流行
北方 たまんないよね(笑)。素っ裸になったって外見には異常は何もないんだけど、だんだん立っているのも駄目、座るのも駄目になって。
夢枕 えっ、座るのも?
北方 食事をしていても痛くて、食卓の側に布団を敷いておいて、食べ終わったらすぐ俯せになるしかない。もうこんな状態じゃ駄目だと思って、手術に踏み切りました。
夢枕 僕はまだ軽いのか、座っている分には大丈夫なんですけど。
北方 じゃあいいじゃない。仕事はできるんだから。
夢枕 何言っているんですか、よくないですよ。釣りに行って立っているのも辛くて仕方ないんだから。毎年ひどくなるばかりで手術しようと思っていたら、コロナの流行で先延ばしにしているうちにがんが見つかって。
北方 俺が腰の手術をしたのはコロナの流行の真っ最中だったよ。入院中はお見舞いや家族との面会も禁止。鼻の中に綿棒を突っ込まれる検査をして、陰性を確認後に入院したんだけど、それきり誰とも会えない。
点滴の管に注意しながら、自力でシャワー
夢枕 僕も最初は点滴で抗がん剤治療が始まったんですけど、10日間くらいの入院だったし、「かみさんの面会も駄目?」と聞いたら、「駄目です」と言われて、誰にも会えなかった。でも色んな管をいっぱいつけているんで、それが絡んだり取れたりしていないか、夜中、女性の看護師さんが見回りに来てくれるんです。僕を起こさないようにそっと覗くわけですけど、だいたい目が覚めちゃう。
北方 それで何か起きた?
夢枕 とんでもない。まあ夜中に女性がそーっと忍んで来るというのは、結構ドキドキはしますね(笑)。
北方 確かに。手術直後にも看護師さんが来て、身体を拭くから服を脱ぐように言われたから、「どこを拭くんだ?」って聞いたら、「全身です」って。もちろん俺は自分でやると言い張って、全部自分でやったよ。
夢枕 僕もそうです。ここしか貯めた小金を使う機会はないだろうと思って、シャワーのある個室にしてもらい、点滴の管にあれこれ注意しながら自力で洗いました。
北方 俺は手術だったから風呂は無理だけど、やっぱり個室に入れたから、素っ裸になって石鹸の泡を身体中に塗って自分でゴシゴシ拭いた。
夢枕 ああ、脊柱管狭窄症も何もかも先を越されている(笑)。
北方 膀胱がんの手術は短期間の入院で済んだけど、腰の手術の時は10日間以上入院していたので、どうしても締め切りが来たんだよ。
夢枕 どうしたんですか?
北方 画板に原稿用紙を貼って、寝ながらの状態で書きました。
夢枕 書きますよね。
北方 万年筆だとインクが出ないから鉛筆で書くしかない。まあシャープペンだけど、それで書いた生原稿が300枚くらいある。
夢枕 僕もちょっと量は減ったけれど、基本やりましたよ。
北方 やるよな。だって他にやることがないし。
水をガバガバ飲んでいたら抗がん剤が…
夢枕 右手で書くんで点滴は全部左手にしてもらっていたら、左手の血管が割り箸みたいに硬くなっちゃった。右手にも点滴を入れさせてほしいと言われて困っています。
北方 膀胱がんの時は抗がん剤を患部に何日か入れていたわけで、それを看護師さんが診にくる。
夢枕 それは嫌かも(笑)。
北方 嫌だよ。出来るだけ尿をしろと言われているから、水をガバガバ飲んでいたら、ある時、抗がん剤を入れたばかりなのに「我慢ができない」感じになって……。
夢枕 入れた抗がん剤を出しちゃった!?(笑)
(初出:オール讀物2022年1月号、撮影:志水隆/文藝春秋)