- 2022.09.02
- 特集
【祝・文庫化】大盛況だった〈「雲を紡ぐ」でつながろうプロジェクト〉イベント。紡いでつないで、まだまだ広がる「雲を紡ぐ」の輪
文:文春文庫編集部
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
学校に通えなくなった高校生の美緒が、羊毛を手仕事で染め、紡ぎ、織りあげるホームスパンの職人である祖父・紘治郎との関わり合いを通じて、両親との関係の変化や自身の将来、心の成長を細やかに描いた感動作「雲を紡ぐ」。本作は2021年に第8回高校生直木賞を受賞しました。
この小説の舞台となった鉈屋町(なたやちょう)を中心とする盛岡の魅力を発信、盛岡を紡ぐ一人一人が、自分の街を知って街とつながる〈「雲を紡ぐ」でつながろうプロジェクト@盛岡鉈屋町界隈〉、みなさんはご存じでしょうか。
鉈屋町界隈は、何代にも守り使われてきた共同井戸や歴史的な街並みがいまも残り、人々の丁寧で活き活きとした日常の暮らしが息づく、盛岡らしさが溢れる地域です。伊吹さんご自身も、本書の取材で何度となく訪れ、染織・漆器・鉄器など真摯な物づくりに出会い、また街の人々と交流を深めた、大変思い入れの深い場所だそうです。
「雲を紡ぐ」を読み、盛岡鉈屋町をいつか訪れてみたい! ホームスパンや様々な手仕事のことをもっと知りたい、という方たちに向けて、2021年10月15日から11月28日に、鉈屋町の盛岡町家を会場に企画されたイベントの一部と、伊吹さんによるエッセイを、ご紹介いたします。
「“雲つなもりおか”拠点ブックカフェ」@大慈清水御休み処
小説に登場するホームスパン〈ショウルーム〉のモデルとなった「大慈清水御休み処」。明治中期の町家が改修され、喫茶や展示ができるスペースになっていますが、こちらで小説の世界を再現! 期間限定で「雲を紡ぐ」にまつわる書籍やホームスパンを購入することができました。
「盛岡町家でみんなと紡ぐ展示会」@盛岡町家三㐂亭
大正中期から昭和49年ごろまで藤原峰治商店の町家として使用されていた建物。改修を経て現在は様々な用途に用いられているスペースですが、ここで「雲を紡ぐ 書評POPコンテスト展」や「雲を紡ぐ ブックカバーデザイン展」、いわてホームスパンユニオンによる手織りマフラー販売会などを開催。また、実際に羊毛を手紡ぎで糸に加工し、卓上機織り機でティーマットを作るワークショップ、鉈屋町界隈まち並み探訪ガイドも、大変な人気でした。
小説「雲を紡ぐ」の魅力と、盛岡鉈屋町の魅力をみんなで一緒に紡いでいきましょう、というこのプロジェクト、様々なイベントに寄せて、伊吹有喜さんが特別にエッセイを寄せられました。
(エッセイ)
「雲を紡ぐ」のイベントに寄せて
盛岡・鉈屋町の町家が育む、もうひとつの物語
私が鉈屋町を知ったきっかけは、神子田(みこだ)の朝市でした。
「雲を紡ぐ」を執筆するにあたって、盛岡に来たとき、神子田の朝市へ出かけてみたのです。おいしいひっつみやコーヒーを朝市で楽しんだあと、宿まで散歩していたところ、大慈清水にさしかかりました。こんこんと湧き出る清らかな水に朝日が差し込む様子がたいそう美しく、なんて素敵な町だろうと心惹かれたのです。
そこであらためて午後に鉈屋町を散策し、盛岡町家を訪れてみました。
盛岡町家には、母屋の「見世」に続いて「常居」(じょい)と呼ばれる中の間があります。この常居の特徴は吹き抜けになっていることです。吹き抜けの屋根には天窓があり、壁には神棚と、二階に向かう階段も設けられています。
その常居に入ったとき、階段に座っている登場人物のイメージがふわりと心に浮かびました。大柄で精悍で無口だけれど、ひとたび心許すと人懐っこいタイプの青年です。
彼は昔風に言えば「好漢」、今風に言えば「イケメン」ですが、おそらく主人公の「美緒」は、最初は「怖い」と感じるだろうなと思いました。
この青年の名を何にしようと考えたとき、「常居」という漢字から「北極星」を連想しました。そこで北極星の別名「太一」と名付けることにしました。数年前、タクシーのドライバーの方の名札でお見かけして以来、ずっと格好いいなと思っていた名前が、満を持しての登場です。
このとき浮かんだ太一の姿は、のちに「雲を紡ぐ」(文庫版)の95ページからの場面に登場しています。
常居の階段に続いて心惹かれたのは、天窓から差し込む光でした。まるでスポットライトのように思えたのです。その光の下に入って、ガラス窓を見上げたとき、盛岡町家は物語にとって重要な場所になると強く感じました。
ここの天窓が「雲を紡ぐ」で、最初に登場するとき、美緒は打ち付ける雨を見て、涙のようだと感じます。
次に登場するとき、天窓からの光は明るいものになっています。
そして窓から差し込む光の変化が、長い時間の経過と、それにまったく気付かないほど夢中になっていた美緒の様子もあらわしています。
天窓、なんて働きものなのでしょうか! 窓なので台詞(せりふ)はありませんが、さりげなく作品内で渋い脇役を務めています。
さて三度目に天窓が登場するとき、光はどんなふうに美緒を包み込んでいるでしょうか。私は彼らの心が花のように開いていくこの場面が大好きです。
この町家にいらしたら階段を眺めて、太一が座っている姿を想像してみてください。常居で夢中になって糸を紡ぐ美緒の姿も。
最後にぜひ、天窓を見上げてみてください。
トルコ石のような青い空が見えるでしょうか、灰色の真珠のような空でしょうか。雨? もしかしたら雪かもしれませんね。
でも、どんな天気であろうと、盛岡に広がる空はいつも美しいことでしょう。
そしてよかったら再び本を広げ、ご覧になられた景色を思い出しながら、美緒の心の旅をご一緒してみてください。
あなただけの「雲を紡ぐ」がそこから始まります。
2021年 10月吉日
鉈屋町・大慈清水御休み処
「雲を紡ぐ」のイベントに寄せて
伊吹有喜
ここにご紹介したイベントは既に終了していますが、「雲を紡ぐ」でつながろうプロジェクトインスタグラムや、「雲を紡ぐ」でつながろうプロジェクト 特設ページは随時更新しています。可愛い羊の“盛岡メイちゃん”にも会えるかも!?
ぜひ、このたび文庫になった小説「雲を紡ぐ」、ホームスパンや盛岡町家の魅力にふれ、新しい風景に出会い、自分なりの物語を紡いでいってみませんか。
――“自分の色”を決めてごらん。ゆっくり染めて、紡いでいけばいい。(文庫版帯より)
-
『赤毛のアン論』松本侑子・著
ただいまこちらの本をプレゼントしております。奮ってご応募ください。
応募期間 2024/11/20~2024/11/28 賞品 『赤毛のアン論』松本侑子・著 5名様 ※プレゼントの応募には、本の話メールマガジンの登録が必要です。