
涙なしに読めない究極の心理描写!
横浜市内で学習支援塾を営む男が殺された。早々に元教え子が被疑者として浮上するが、なぜか彼の足取りは途絶えたまま、発生から二年、窓際の刑事たちが継続捜査に当たっている。
同じ町に、バスケの練習に励む小六の男の子たちがいた。ある日、ひとりの少年が車に撥ねられ大怪我を負うのだが、実は彼は父親に虐待され、「当たり屋」を強いられていた。常にお腹を空かせている少年は、近所の半地下の部屋に隠れ住む謎の男から、惣菜をもらって毎日を生き延びている――。
デビュー十周年の記念長編『夜の道標』執筆に際して、芦沢さんは「絵コンテを描く」試みに初挑戦したという。
「小説の場面になるであろういくつかのシーンが断片的な映像として頭の中にあったので、それをどんどん絵にしていくことから始めたんです。例えば冒頭のバスケの場面、少年が車に向かって飛び込んでいくシーン、半地下の家の植込みのところにギプスをした少年がしゃがんでいる風景など、イメージを絵にして目の前に並べては、物語の順番を考えたり、この男はどういう人だろう、この子はなぜ父親に当たり屋をやらされてるんだろうと、人物の背景に思いを巡らせたりしました」
殺人事件は起きているものの、刑事が犯人を追うストレートな推理小説とはかなり趣を異にする本書。さまざまな登場人物が生きづらさを抱えて世界と対峙する中で、本来交わるはずのない人々の運命が交錯し、意外な展開を見せていくのが読みどころだ。

「私にとっても、最初、頭に浮かんだシーンは謎だらけ。その謎を知りたくて考えるうちに、登場人物の抱えた事情がしだいに見えてくるんです」
半地下の男は、惣菜屋で働く女性によって匿われていた。どうやらこの男が逃亡中の殺人犯らしいが、なぜか男には隠れようという気が希薄で、少年に惣菜を渡し、交流を深めていく。一ページ先で彼らにどんな出来事が待ち受けているのかさえ想像がつかない。
「作者の私も、ずっと手探り状態で書いてましたから(笑)。シーンの謎を解くと、それがストーリーとしても繋がっていくので、書きながら『そうだったのか!』『だからこの場面は必要だったのか!』という発見の連続で。いつも長編の執筆は苦しいんですが、今回は楽しく書き進めていけました」
終盤、殺人犯がついに人前に姿を現したと思いきや、そこから新たにロードムービーの幕が開く展開には、読者も思わず快哉を叫ぶのではないか。
「“謎が解かれて終わり”にはしたくない。“その先”にある景色を見たいと思っていつも小説を書いています」
あしざわよう 2012年『罪の余白』で第3回野性時代フロンティア文学賞を受賞しデビュー。著書に『カインは言わなかった』『汚れた手をそこで拭かない』『神の悪手』など。
芦沢央さんのインタビュー音声がこちらからお聴きいただけます
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https://anchor.fm/hon-web/episodes/ep-e1m4unh