変わっていけること、それこそが希望
住野 芦沢さんの新刊『カインは言わなかった』を読んで、僕、心から震えて……。最初に読んだ芦沢作品は『火のないところに煙は』で、そのときは僕の周りの「面白い!」という声と、芸人の山田ルイ53世さんがオススメされているのを見たからだったんです。そこまで広く届いている作品ならぜひ読んでみたい、と。それで芦沢さんのことを強く認識していたので、今回新作を出されたときに、読みたいと思って買いました。
僕、そもそも「新作」というものがすごく好きなんですね。出たばかりの、時代を捉えているものが大好きで、そしたらもう……「すごい!」と思って、朝方に熱い感想ツイートを投稿しました(笑)。
芦沢 拝見しました、ありがとうございます!
住野 感動したポイントはいろいろあるんですが、まず何よりも、作品に込められた「パワー」です。他の作家さんの名前を出してしまって恐縮ですが、僕には、小説家になってから出会った小説で、ぶっちぎりで「すごい!」と思った本が3冊あって。彩瀬まるさんの『やがて海へと届く』と、湊かなえさんの『未来』、そして芦沢さんの『カインは言わなかった』。この3冊は、ちょっと桁違いのパワーを感じます。
『カイン』については、おそらくパソコンで書かれているとは思うんですが、なぜか机に向かって鉛筆を握りしめ、すごい筆圧で、目や口の端から炎を出しながら書いている芦沢さんの姿が思い浮かんだんです。
芦沢 そうなんですね(笑)。
住野 こういう“闘う姿勢”のようなものが見える小説って、すごいなと感じます。描かれる世界は、あるダンスカンパニーをめぐるお話ですが、たとえば指導者として出てくる誉田は、理不尽な世の中の化身だと思うんですよ。どんな人達もみんな無茶苦茶な審査基準にさらされて生きていると思うので、1日1回「クソッ!」って思っている人は、みんな何かを感じられる小説だと思う。僕は1日30回ぐらい「クソッ!」と思う人間ですので(笑)、本当に痺れました。
熱心な本読みであるとか、特定の人たちだけが感動する話ではなくて、誰しもが「自分のことかもしれない」と思ってしまう小説だと思います。読んでいてハラハラし通しですし、最初から最後まで、ずっと面白いんですよね。
芦沢 本当に、すごく嬉しいです……。
住野 希望の描き方も特徴的ですよね。才能とかチャンスが与えられた側、与えられなかった側というふうに、よくみんな区分して決めつけますけど、『カインは言わなかった』ではページが進むごとに「あれっ、こっちが与えられた側だったっけ」というように反転し続ける。それはまさに、人生そのものだな、と。
芦沢 私も住野さんのご著作を読んでいると、どの作品からもまさに「人生や、人との関係性は常に流動しうる」ということを感じるんです。名前の使い方が象徴的ですよね。『君の膵臓をたべたい』では、主人公の名前がなかなか明かされず、ヒロインが呼びかける際の名前が、【秘密を知ってるクラスメイト】くんとか【仲良し】くんというように、関係性とともに変わっていきますよね。やがて、相手が自分を見る目線がわからなくなってくると、名前の表記も【?????】になる。『また、同じ夢を見ていた』では、表札にされていたいたずら書きや制服の刺繡を見て、それが名前だと勘違いした主人公の女の子が、相手に「アバズレさん」とか「南さん」なんて呼びかける。
おそらく住野さんは、名前やレッテル、カテゴリー分けのようなものに対してすごく敏感な方なのでしょうね。そして、自分の感覚で相手を測っている、思い込みの「殻」が壊れる瞬間を描くことを大事にされているのだろうな、と。
物語の中にはもちろん嫌な人も登場しますが、絶対に「嫌なだけの人」にはしない。一見しただけではわからない側面を持った人を否定しないし、決めつけることの危うさを自覚的に書いておられる。友だちや恋人というわかりやすい名称に当てはまらない、くっきりとした好意がない関係性だってあっていいじゃないか、ということが描かれているような気がして、私は、安心感や肯定感を覚えました。
住野 そうおっしゃっていただけて、僕もうれしいです。お聞きしながらふと思い出したことがあって。ある小説の中で恋愛関係を描いたんですよ。女の子が女の子のことを好きだという関係性。でも、そういうふうに解釈している読者の方が意外と少なかったんですよね。最初から「それはない」と思われているのかなと、ちょっと新鮮な驚きでした。
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