ロシア・ウクライナ戦争はなぜ終わらないのか? 両国の戦略は――。ロシアの軍事・安全保障研究者の小泉悠さんが、東浩紀さん(評論家)、砂川文次さん(小説家)、高橋杉雄さん(防衛研究所)、片渕須直さん(映画監督)、ヤマザキマリさん(漫画家・文筆家)、マライ・メントラインさん(エッセイスト・翻訳家)、安田峰俊さん(ライター)さんと語り合った多角的な対談集。
二〇二二年二月二十四日、ロシアがウクライナに対する軍事侵攻を開始しました。第二次ロシア・ウクライナ戦争の始まりです。
ロシアが何故このような暴挙に及んだのか。国民はどう考えているのか。当初圧倒的だと見られていたロシア軍が苦戦を強いられているのは何故なのか。ウクライナの地でどれだけの人々に被害が出ているのか。我々日本を含めて世界はどうなっていってしまうのか……現在進行中の事態であるだけに、これらの問いに対するしっかりした答えはまだ出ていません。ただ、本書はとりあえずの「第一声」として、七人の方々と戦争やロシアについて率直に語り合ってみました。
批評家・東浩紀さんとの対談(Ⅰ)は、開戦から大体一カ月半くらいの時点で行われたものです。この頃にはロシア軍による短期勝利の可能性は失われ、しかもブチャで大規模な拷問・殺害が行われたことが明らかになっていました。二十一世紀にもなって人類はどうしてこういうことをやめられないのか、そもそも人類はこれまで賢くなってきたのか──こうした、割に大きな問いを東さんにぶつけられた回だったと思っています。
第二章(Ⅱ)では一転、細かい話から始めました。お相手いただいたのは芥川賞作家の砂川文次さんで、今読み返してみるといきなり小林源文(もとふみ)の仮想戦記の話から始まっているという何とも独特な(婉曲表現)回です。さらに後半ではマーチン・ファン・クレフェルトの『戦争の変遷』が登場したりしてまさに「超マニアック」というか、これは商業出版ベースに乗せて大丈夫なのかと我ながら心配になるのですが、その中から浮かび上がってくるものもたしかにあるな、と自負してもいます。神は細部に宿る、と言えば陳腐ですが、ひたすら狭い穴を深く深くほじっていくことで見えてくるものもたしかにあろうと思うの です。対戦車ヘリのパイロットが休日に何を考えてるのかとか。
防衛研究所の高橋杉雄さんとの対談は合計二回分(Ⅲ、Ⅵ)が収録されており、本書の中でもかなりの分量を占めます。高橋先生とは以前から色々な研究会でご一緒してきた仲で、二〇一九年には共著も出しているのですが、今回の戦争が始まってからはほぼ毎日のようにテレビなどで顔を合わせるようになりました。その高橋先生と今さら何を話したものか……と思ったのは杞憂で、始まってみると双方話題が尽きず、第二章に劣らぬマニアックさが炸裂するパートとなりました。このうち第三章は開戦後三カ月前後の時点で行われた二回の対談で構成されており、 「これだけやってもどうしてロシアは勝てないんだ?」という点に互いの関心が収斂していたように思います。一方、第六章はそれからさらに一カ月を経た時点での対談であり、こちらは地形とかテクノロジーとか、時代を超えたファクターと今回の戦争という観点が前面に出ました。
第四章(Ⅳ)は『この世界の片隅に』で知られる片渕須直監督とお話をさせていただきました。私自身は『この世界の片隅に』に非常に強いショックを受けたこともあり、何を話したものかと直前までかなり迷ったのを覚えています。しかし始まってみると「軍都としての千葉」とか「紫電改が自動空戦フラップを出す」とか逃れ難い軍事オタクの性が出てしまい、しかし結果的にそのディテールへのこだわりが「戦争の描き方」に着地していくという展開になりました。それから、考えてみると、片渕監督は今回の対談相手で一番年齢差が大きいのですね。その意味では世代間対話をしているような新鮮さもあり、色々な年齢層の読者にお楽しみいただけるのではないかと思っています。
さて、以上第一~四章(Ⅰ〜Ⅳ)及び第六章(Ⅵ)は「おじさんがおじさんと戦争の話をしている」という、ここで全体的に脂っぽいというか、くすんだ色合いの章なのですが、ここでヤマザキマリさんが登場します (Ⅴ)。今回収録した中では唯一、オンラインで行った のですが、画面からはみ出してくるような迫力というかオーラがあり、特に印象に残る対 談となりました。ちなみにヤマザキさんと言えばイタリア通であり、ご自身も地中海沿岸諸国で暮らした経験が長いので、ユーラシアの北から中央の方ばかり見ている私とは視線が随分違うのではないかと思っていました。しかしヤマザキさんの語るイタリアは何となくロシアに重なるものがあり、研究対象と距離を保つという意味で比較の重要性を思い知った気もします。ちなみにある外交官から「ロシアの喜劇バージョンがイタリア、イタリアの悲劇バージョンがロシア」という言葉を聞いたことがありますが、ヤマザキさんからのイタリアの話を聞いているとまさにそんな感じだなと納得しました。
最後の第七章(Ⅶ)は、私の個人的なリクエストで実現した対談です。この戦争に関して割とロシアに及び腰とされていたドイツ、あるいは孤立するロシアの頼みの綱とされた中国、この二カ国からの視点があった方がいいと思ったのです。ということでやはり旧知のマライ・メントラインさんと安田峰俊さんにお越し願い、ユーラシアの東西からこの戦争がどう見えているかを存分に語っていただきました。ここから見えてきたのは、やはりドイツも単純な「西側」ではないし、中国はロシアと一枚岩ではない、という複雑な世界のありようです。では、そうした一筋縄ではいかない世界の中で、日本はどうやって生きていくのか。これは七本の各対談の中でもそれぞれ語られていますし、本書をきっかけとしてみなさんと一緒にさらに深く考えていけるならこれに勝ることはないと思います。
「はじめに」より
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