- 2022.11.02
- 文春オンライン
「夫の浮気を疑う母親が、子どもに会社まで見に行かせて…」家事や家族の世話に追われる、ヤングケアラーの“壮絶な実態”
「文春オンライン」編集部
水谷緑さんインタビュー
8歳の少女・ゆいは「心の病気」で伏せっている母親の代わりに、家事や幼い弟の世話に追われている。小学校の帰りに買い出しをして、父親や認知症の祖父のぶんも夕食を作る。不安定な母親の心のケアまで、ゆいの仕事である――。
厚生労働省が2022年4月に発表した調査によると小学生の約15人に1人が、大人が担うはずの家事や介護・看病を日常的に行う「ヤングケアラー」だという。
漫画家・水谷緑さんが10月21日に上梓した『私だけ年を取っているみたいだ。ヤングケアラーの再生日記』は、ヤングケアラー当事者から聞いたエピソードを、水谷さんがまとめた実録コミックだ。それぞれのエピソードは、「ゆい」という1人の人物の体験として描かれている。
ここでは水谷さんに、取材を通じて出会った当事者の方々の印象や、インパクトのあるタイトルの意味について伺った。
◆◆◆
「なんで子どもは最初から親を信頼しているのかな」
――ヤングケアラーについて漫画を描かれたのはなぜですか。
水谷緑(以下、水谷) 横山恵子さんと蔭山正子さんの本『精神障がいのある親に育てられた子どもの語り』(2017年/明石書店)を読んで感銘を受けた編集者の方から提案を受けて描くことになりました。横山さんは今回の本の監修やコラムも担当してくださっています。
実は、妊娠しているタイミングでお話をいただいたこともあって、最初は「子どもがかわいそうな目に遭っている話を知るのは怖いな」という感覚もありました。
――そうだったんですね。
水谷 実際に話を聞いてみると、ヤングケアラー当事者の方々はみんなすごく達観しているように感じました。20代前半の方が40代ぐらいに落ち着いて見えたりして。いろいろな経験をしたからかもしれませんが、大人っぽいというか、自分の言葉を持っていてすごいなって思う方ばかりで、だんだん興味を抱くようになったんです。
中には子育て真っ最中の方もいて、彼女の話にハッとさせられました。親に向かってハイハイしてくる赤ちゃんを見て「なんで子どもは最初から親を信頼しているのかな」と思ったそうなんですね。私は当たり前だと思っていたので、「そこから疑問を持つんだ」と新鮮に感じたんです。
――今回のマンガで描かれるエピソードのひとつひとつは、ヤングケアラー当事者の方々の実体験がもとになっているんですよね。当事者の方への取材はどのように行ったのでしょうか。
水谷 ヤングケアラー当事者の団体に所属する方など、全部で10名くらいに話を聞きました。会える方はお会いして1対1で、関西や沖縄に住んでいる人にはオンラインで。
――話を聞く前にヤングケアラーに対して抱いていたイメージと、実際の当事者の方の印象は違いましたか?
水谷 そうですね。実際に話を聞いてみると、想像していたよりみんなしたたかだなと思いました。「親が暴れたら速やかに押し入れに隠れて、マンガ雑誌を読んでやり過ごす」とか、子どもたちなりに考えて行動しているんですよね。
印象的だったのは、親によるDVなど家庭に問題がある子たち同士で、マンションの公園スペースにいつも夜集まっていたという話です。そこで「自分たちの親は大変だよね」と話し合っていたと聞いて「子どもは本当は全部分かってるものだよな」と思いました。思い返せば自分も、高校生の時に親を冷静に見て「こうはならないぞ」って思ってたりしたなと。
子どもってプライドが高くて、簡単に同情されたくないんだと思います。助けてほしい気持ちはあっても、問題があるように扱われたくなかったり、自分たちの家族を守ってるつもりだったりするんでしょうね。
――それで余計に、家庭内の問題が外から見えづらくなってしまってる?
水谷 はい。しっかりしていて精神年齢も高い子が多いので、問題がないように見えてしまうみたいですね。成績もいい子が多かったりして。
工夫に長けているんですよ。漫画にも描きましたが、学校からの書類に親がサインしてくれないから、自分で記入してハンコを押して……察知されないように色々やっているんですよね。
共通するのは、“父親の不在”
――漫画を読んでいて一番疑問に思ったのが、ゆいの父親の心理でした。小学生の娘が一人で家事をして、精神疾患を抱えた母親や幼い弟、認知症の祖父の世話までしていて、父親はなぜ放っておくんだろう……と。
水谷 私が取材した当事者の方々に共通していたことの一つは、やっぱり「父親の不在」でした。話を聞くと、母親が出産や育児の過程で精神疾患を発症してる場合が多かったのですが、その頃から夫婦でもっと協力できていたら違ったんじゃないのかなと思ってしまいます。
漫画の中でも、夫の浮気を信じて疑わない母親がゆいに学校を休ませて、勤め先の会社まで見に行かせるというエピソードを描きました。
これもヤングケアラー当事者の方の実体験がもとになっているのですが、こんなことがあり得るのかと驚きました。きっと父親も困ってはいるものの、慣れてしまってるというか、それが普通になってしまっているんでしょう。
それから、両親が離婚して、久しぶりに父親と会った時に「俺は今すごい幸せなんだよね」と言われたという方もいました。心の病を抱える母親のケアを担う子どもの辛さを、もはや関係ないことと思っているのかなと切なくなりましたね。
「赤白帽がない」子どもたちが抱える悩みとは…
――主人公のゆいは大人になって家を出てから、少しずつ希望を取り戻していきますよね。ですが、彼女を小学生・中学生の時点で救ってあげるためには、どうすればよかったと思いますか?
水谷 ヤングケアラーの子どもたちは大抵『家の手伝いが忙しくて宿題が終わらない』など生活における困りごとを抱えている場合が多いようです。なので、取材で出会った看護師の方は『患者さんの子どもに積極的に声をかけて、みんなで宿題をやる日を作っている』と話していました。
ある時は、『体育の授業で必要なのに、赤白帽がない』と困っている子どもの家に行って片付けを手伝ったら、部屋から赤白帽がいっぱい出てきたとか……。それだけ家の中が混乱しているということなんでしょうね。
――つまり、まずは些細な生活の悩みから解決してあげることが大事?
水谷 ヤングケアラーの子どもは、自分の家の状況が「悪い」とは認識していない場合もあります。その感覚を尊重しつつ、まずは生活の困りごとから入っていくのが良いのではないでしょうか。「かわいそうな子」「問題がある子」として接しないのが大事だと思います。
――もし私が大人の立場でゆいと接したら、「大人みたいだね」「しっかりしていてえらいね」と声をかけてしまいそうだなと思います。
水谷 子どもが子どもらしい時間を過ごすことはすごく大事なことですよね。私もゆいちゃんみたいな子が近所にいたら、「よく手伝って偉い子だな」くらいにしか思わないかもしれません。でも、本来は大人がやってあげなきゃいけないことですよね。子どもらしい時間を奪っている事になると思います。
漫画タイトルの元になったのは?
――『私だけ年を取っているみたいだ。』というタイトルの意味を教えてください。
水谷 これも当事者の方が言っていた言葉です。『ベンジャミン・バトン』という映画がありますよね。おじいちゃんの姿で生まれた人の話。あれが「自分みたい」と言っている方がいたんです。周りと比べて自分だけ「年を取っているみたい」と。
ほかの当事者の方もみんな「小学生の時、遊ぶのが面倒くさかった」と言っていてびっくりしました。
大学生の時に他の人と同じように青春することができなかったと言う人もいて。心が冷めてしまっていて、友人と一緒に無邪気に騒ぐことができないんだそうです。
――『ベンジャミン・バトン』の場合は年を重ねるごとに若返っていきますが……。
水谷 年と共に感情が溢れてくると言っていた当事者の方もいましたよ。小さい頃に大変な思いをしたけど、だんだん若返ってくるような感覚というか。まさに『ベンジャミン・バトン』ですよね。
――小さい頃に子どもでいられなかった分、大人になってから取り戻せる人もいるんですね。
水谷 いますね。取材した中で「怒りがない」と言っている方がいて、子どもの頃にたくさん酷い目に遭っているのにどうして怒りがないんだろう、って不思議だったんです。でも先日久しぶりに会ったらすごく怒っていて、人って変われるんだなって思いました。
その方はカウンセリングに行ったり勉強したり、10年ぐらい自分のことを考え続けてきた積み重ねがあるからだとは思うんですけど。
――子どもの頃の苦しい経験は、重く残ってしまうものなんですね……。最後に、水谷さんがこの漫画を通じて届けたいことを教えてください。
水谷 今、私の子どもは3歳なんですが、もうちょっと大きくなったら読んでもらいたい本になったなと思っています。
子どもの頃、学校の授業などで「大人は子どもを守るもの」「大人は正しい」と教わってきた気がします。でも実際はいじめてきたり加害してきたり、子どもを搾取しようとする大人もたくさんいるんですよね。そのことを知っておくのは生きる知恵になると思います。
そして、助けてくれる大人も必ずいます。それを覚えておいてほしいですね。
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